更新:2月6日 11:54インターネット:最新ニュース米デジタル放送移行延期の顛末 日本にも起こりうる不測の事態
2月4日、米国連邦議会下院は264対158でアナログテレビ停波の延期法案を可決した。これにより、2月17日に予定されていた米国アナログテレビ放送の終了は4カ月先送りされる。予定日のわずか2週間前の同決定を受け、米国のテレビ業界は対応に追われている。米国が10年の歳月をかけて準備してきたテレビ放送のデジタル化は最終段階でつまずきを見せた。その顛末を追ってみたい。(在米ITジャーナリスト 小池良次) ■テレビニュースは翌朝から大騒ぎ 「みなさん、注意深くお聞きください。今月に予定されていたアナログ放送の終了が4カ月延びました!」 5日朝のテレビニュースは、前夜の停波延期決定を受けて大騒ぎとなった。各地上波テレビ放送はこれまで繰り返してきたカウントダウンを止め、ニュースキャスターが長い時間をかけて経緯を説明した。ニュースでは再三、アナログ放送の停止が6月12日に変更されたことを繰り返した。 米国テレビ放送のデジタル化は、1997年の改正通信法から本格化した。以来10年、ハイディフィニッション(高精細)番組を目玉にデジタル化を進めようとする政府と、新規投資を渋る放送業界とが激しくぶつかり合う時期を経て、2009年2月17日のアナログ停波が決まったのは2007年のこと。それを受けて連邦通信委員会(FCC)は2008年1月からアナログ周波数跡地の無線競売を行った。 これは停波で空くUHF帯を次世代携帯サービス用に再交付するためのオークションで、総落札価格は195億9200万ドル(当時の換算で約2兆円)に達した。各放送局はアナログとデジタルを同時放送して停波日に備え、電波免許を獲得した大手携帯事業者はすでに同周波数を使ったネットワーク建設の準備を進めている。また、家電業界もデジタル対応テレビを懸命に売り込んできた。こうして放送業界も携帯電話業界も家電業界も、2月17日を待つばかりになっていたのである。 ■クーポン用財源が枯渇 では、なぜ土壇場で延期を余儀なくされたのだろうか。その原因は連邦政府にあった。デジタル放送への移行にともない、連邦政府はアナログ放送だけを受信している世帯を補助するために「デジタル・アナログ・コンバーター」の購入クーポンを2008年から発行している。しかし、クーポンの希望者は停波が近づくにつれて急増し、1月3日には予定していた予算枠13.4億ドルを超えた。以後、クーポンの発行は90日間の有効期限が切れた数量だけ追加発行するという限定されたものになり、発行待ちの数が100万件を超える状況に陥っている。 この現状にアナログ停波計画を進めてきた連邦議会は大騒ぎとなり、1月8日前後には下院テレコミュニケーション・インターネット小委員会のエドワード・マーキー(Edward Markey)委員長が延期の可能性を打診しだした。ほぼ同時に、ワシントンで活動していたオバマ・バイデン政権移行チームも延期の提案をオバマ氏に伝えた。こうして連邦議会とオバマ大統領は停波の延期へと動き出していく。 ■下院が否決、2月に持ち越しへ 本来であれば、停波延期法案はもっと早く可決されるべきだった。しかし、オバマ新大統領の就任と時期が重なったことが事態を複雑にした。新政権発足にともない、与党である民主党でも長老格を中心に人事が刷新された。 まず、テレビのデジタル化で中心的な役割を担ってきた下院エネルギー・商業委員会の委員長がジョン・ディンゲル(John Dingell)議員からヘンリー・ワックスマン(Henry Waxman)議員に替わったほか、同委員会に属するテレコミュニケーション・インターネット小委員会もマーキー委員長からリック・バウチャー(Rick Boucher)委員長へと替わった。上院でも商業・科学・運輸委員会の委員長がダニエル・イノウエ議員からジェイ・ロックフェラー(Jay Rockefeller)議員に替わっている。 一方、オバマ大統領と民主党を率いるナンシー・ペロシ下院議長は山積する重要課題を抱え議会対策に追われる。特に、超大型予算となった景気対策法案を超党派で可決させたいオバマ大統領としては、野党共和党との無用な摩擦は避けたかった。こうした微妙なタイミングのなかで停波延期法案の調整は難航した。 とはいえ、上院では商業・科学・運輸委員会のロックフェラー新委員長が奮闘し、1月26日には上院を通過して下院に送られた。しかし、下院で28日に行われた投票では賛成258、反対168となり、法案通過に必要な3分の2に満たず否決される。これは延期についての審議が十分になされていないなどと共和党の一部が反発しているなかで採決に持ち込んだためと見られている。そこで下院エネルギー・商業委員会が再提出の準備に入ったが、同委員会も懸案事項が山積しており、1月中の再審議は断念された。同法案の処理は2月に持ち越され、ようやく下院でも2月4日に停波延期法案が通過、6月12日への延期が決まったのである。 ◇ ◇ ◇
4カ月という短期間であることもあり、携帯大手や放送業界は今回の決定に困惑を示しながらも柔軟な姿勢を示している。とはいえ、連邦議会はこれで問題が片付いたわけではない。仕切り直しとなったアナログ停波日に向けて、クーポンプログラム用財源の確保を進めなければならない。 これは現在審議中の景気対策法案の一部にまとめられることになるだろう。オバマ新政権は今回、延期問題をなんとか乗り越えた。しかし、民主党内のとりまとめと共和党との調整が予想以上に難航したことで、オバマ大統領のリーダーシップがそれほど強くないことを露呈したとも言える。 一方、2011年に控えた日本でのアナログ放送停波にも、今回の延期は貴重な示唆を与えることになるだろう。十分な準備を進めてきたにもかかわらず、コンバーター購入支援プログラムが破綻したことを考えれば、日本においても予想外の問題が起こる可能性は否定できない。とはいえ、デジタル放送への移行にこれまで10年の準備期間を費やしてきたことを考えれば、わずか4カ月の先送りは「延期と言うほどでもない」との見方も十分にできるだろう。 [2009年2月6日] ● 関連リンク● 記事一覧
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