あか牛粗飼料を完全自給 生産履歴公開で安心産直


穴見盛雄さん


阿蘇山のふもとに広がる牧草地。あか牛放牧の歴史は古く、平安時代の古文書「延喜式」にも登場します。この牛を守ろうと、南阿蘇畜産農業協同組合(肥後あか牛部会/平成14年現在正組合員629戸)が、43組合によって管理される放牧4,000ヘクタールを活用し、生産振興に取り組んでいます。粗飼料を完全自給する産地で、「安全・安心・ヘルシー」が売りです。環境保護の意識も高く、たい肥を農地に戻し、野焼き(約2,300ヘクタール)で放牧を守ってきました。同農協は「あか牛なくして阿蘇の自然はない」と断言しています。全国に先駆け、牛の出産から食卓に上るまでの履歴を確認できるシステムも確立し、産直の取引先である30万世帯が加入する生協から高い評価を受けています。

穴見盛雄さん

熊本県高森町南阿蘇畜産農業協同組合組合長(肥後あか牛部会)

肥後のあか牛/629戸
世界最大級のカルデラ地帯である阿蘇地域。その中心にそびえる阿蘇五岳の南側に位置する2町4村と大津町の一部が、南阿蘇畜産農業協同組合の管内です。年間の平均気温は13度、降水量は約2,600ミリで、熊本平野に比べて霜の降りる期間が40日も長くなっています。草資源は豊富で、県全体の原野・草地の20%を南阿蘇が占めています。「肥後のあか牛」は明治時代にスイス産のシンメんタール種との交配で誕生しました。耐寒性に優れ、草の利用効率も良く、阿蘇の環境に最も適した牛です。平成14年度は計1,053頭の肥育牛を出荷しました。
高森町
■ コスト減へ放牧 草資源生かすエコ畜産

世界最大級のカルデラ地帯を誇る雄大な阿蘇地域ここ南阿蘇では、あか牛を育てる技術として、牧草や稲わらといった粗飼料を完全自給し、たくさん食べさせて大きくする体系を確立しています。粗飼料は丈夫な胃袋を作るために欠かせないえさです。一般的には体重を増やすため、トウモロコシや大麦を配合した濃厚飼料を多く食べさせます。しかし、ここでは健康な牛に育てるため、濃厚飼料を控えめにしています。生後10ヵ月の子牛には、通常、濃厚飼料を4キログラム(40%)以上食べさせます。しかし阿蘇のあか牛には、濃厚飼料を1日2〜3キログラム(20〜30%)に抑え、代わりに粗飼料のウエートを多くしています。その後、肉牛として出荷できる生後24ヵ月までは徐々に濃厚飼料を増やします。
管内で集められた稲わらをあか牛飼育に役立てている粗飼料の完全自給を支えているのが、阿蘇の豊富な草資源です。年間を通して放牧地で牛を育てる「周年放牧」(管内頭数の23%)や、冬場だけ畜舎で飼う「夏山冬里」(49%)が成り立ちます。残りは通常の畜舎での飼育です。
一年中放牧することで、生産コストの大幅な削減につながります。このため、耕作していない田畑に牧草をまき、冬場の放牧地に活用する取り組みも始まっています。放牧地で冬を越す周年放牧の牛
また、地域の稲作農家から、たい肥と交換して稲わらを手に入れます。あか牛が稲わらを食べ、そのたい肥が土づくりに役立つという地域資源循環型の畜産を実践しています。

南阿蘇畜産農協の組織機構図

 ほ育〜育成育成期肥育前期肥育後期
月齢生後〜6ヵ月6ヵ月〜10ヵ月10ヵ月〜14ヵ月14ヵ月〜24ヵ月
飼養体系放牧 4月〜12月
牛舎飼い 10月〜3月
(最低2ヵ月〜6ヵ月放牧)
牛舎飼い及び運動場放牧牛舎飼い牛舎飼い
飼料給与体系放牧期間は、濃厚飼料は与えず、鉱塩のみ。
良質の牧草を毎日食べさせる。
牛舎飼い期間中は、濃厚飼料2kg〜3kgを給与し、良質の牧乾草を毎日食べさせる。子牛育成期同様に内蔵と骨格づくりのため、良質の粗飼料を毎日食べさせ、濃厚飼料は4kg〜7kgを与える。南阿蘇は水田地帯でもあるため、良質の稲わらを利用した粗飼料の給与体系とし(2kg程度)、濃厚飼料は8kg〜12kgを与える。

南阿蘇の原野で草をはむあか牛。豊富な草資源による粗飼料の完全自給が生産コスト削減につながっている

飼養方式生産原価(円)コスト低減率(%)
周年放牧
夏山冬(水田・畑)放牧
夏山冬里方式
牛舎飼い平均
92,683
141,421
182,853
213,322
56.6
33.7
14.3

「ヘルシーなあか牛を多くの人に食べてほしい」と生産振興に励む南阿蘇畜産農協職員

地域一貫経営を支えている子牛の競り市
■ 地域で一貫経営 肉質向上へ超音波検診

南阿蘇は「あか牛」のブランド化に地域一丸で取り組んできました。生まれた牛を約10ヵ月間育てて競りにかける繁殖農家と、その子牛を購入して生後24ヵ月まで育てる肥育農家の連携による「地域一貫経営」というスタイルが原動力となっています。
肉質の仕上がりを超音波診断
管内の生産者のほとんどが繁殖農家で、肥育農家は繁殖も手がけている一貫経営農家を含めて約20戸です。健康牛の産地イメージを高めるため、管内で肥育する牛は他産地から買い入れていません。「阿蘇生まれ阿蘇育ちの牛」だけを肉牛として出荷しています。現在、管内の競り市に出てくる子牛の6割を地域内で肥育し、残りの4割を全国各地に出荷しています。あか牛が生まれてから出荷されるまでのデータを管理する母牛台帳
地域一貫経営のメリットを引き出すため、生まれてから出荷するまでのデータ管理ができるように生産者別の「母牛台帳」を作っています。すべての母牛の両親、祖父母が載った台帳です。それぞれの牛に合う肥育方法を検討したり、ばらつきのあった肉質を均一化することに役立っています。
脂肪分の少ない良質なあか牛の肉
安定した肉質に仕上げるため、超音波診断装置を利用しています。食肉油を牛の体に塗って、肥育の仕上がり具合(肉質)を調べます。医療現場で妖婦に使う胎児の状態を調べるための器具と原理は同じです。出荷間近の生後20〜22ヵ月のあか牛全頭を調べ、肥育方法の改善や適正出荷に役立てています。
あか牛の肉質は赤身が多く、脂肪分が少ないのが特徴です。牛肉の等級は、肉に霜降り状に脂肪が入る「さし」の状態を重視するため、黒毛和牛に勝てません。しかし、あか牛は、がんを抑える働きを持つ脂肪酸CLAを多く含むことが、九州沖縄農業研究センターの研究で分かっています。肉のうまみの決め手となるタウリンが多いという九州東海大学のデータもあります。食べれば脂肪が少ない分、肉本来のうまみを味わえます。将来は県と連携して、あか牛独自の等級基準を作り、南阿蘇のあか牛の価値をより高めたいと考えています。


■ 履歴公開を徹底 信頼掴み安定販路に

これからは消費者と顔の見える関係作りが大切です。九州や中国地方をエリアとするグリーンコープ連合(本部=福岡市)と、11年から産直を続けています。この産直で年間311頭(14年度実績)のあか牛を取引しています。日本初のBSE(牛海綿状脳症)感染牛が確認されてからも、グリーンコープの注文は減りませんでした。
安心を届ける産直システムとして、14年4月にトレーサベリティー(生産履歴を追跡する仕組み)を導入しました。全国に先駆けて導入できたのは、出荷牛すべてが地元生まれという強みがあったからです。
牛が生まれると、種付けをした授精師が一週間以内に出生届である証明書を作ります。証明書には、雄牛の名前や精液番号をはじめ、血統(母牛とその父母の名前や生年月日)、子牛の出生日と名前、耳標番号、生産者名を記入します。一頭ごとに違う鼻紋も添付しておきます。
子牛を競りにかける1ヵ月前に、検査員が産直契約で認められているえさだけを与えてきたかを必ず確認し、登記証明書として検査印を押します。これが“牛の戸籍”となります。証明書がなければ競りにも出せません。証明書は南阿蘇畜産農協が保管し、えさ情報の問い合わせや生協ホームページでの情報公開に応じています。

牛舎には牛の履歴を表す看板が置いてある牛の戸籍・子牛登記証明書

■ 食と農結ぶ教育 地域守る野焼きも体験

消費者交流イベント
地元の学校給食にあか牛を出したり、消費者との交流イベントを積極的に実施してきました。BSE発生後の14年1月〜3月には「まず地元からPRしよう」と、管内の6町村の全小中学校の給食に計300キロを提供しました。これをきっかけに給食への本格的な導入が始まっています。畜産農協職員が学校を訪ね、あか牛の魅力を伝える「出前授業」もしています。阿蘇の伏流水を守る野焼き
産直交流にも力を入れています。野焼き体験や夏休みのバーベキュー大会など、コープ組合員を毎年産地に招き、繁殖・肥育の現場を見てもらって、意見を交わします。夏休みは600人近くがやってきます。
野焼きは、グリーンストック運動を進めるボランティアと一緒に体験します。熊本市の水源である阿蘇の伏流水を守る運動です。野焼きによって新しい草が茂り、ダニなど害虫も駆除できます。放っておけば雑木が育ち、森と化してしまいます。これからも消費者と一緒に、美しい阿蘇の自然と、それを支えるあか牛を守り伝えていきます。

日本農業のトップランナーたち
第32回日本農業賞に輝いた人々
編集/NHK・JA全中
発行/全国農業協同組合中央会
制作/日本農業新聞
より抜粋



■■■平成15年度農林水産祭内閣総理大臣賞受賞■■■
農林水産祭:毎年11月23日の勤労感謝の日を中心として、国民の農林水産業と食に対する認識を深め、農林水産業者の技術改善及び経営発展の意欲の高揚を図るため、国民的な祭典として農林水産省と(財)日本農林業行振興会の共催により実施されるものです。本年度は11月23日(日)に明治神宮会館(東京)で開催されます。



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