日米安全保障条約改定の署名から19日で50周年を迎えた。
1960年の条約改定時は日本国内で激しい安保反対の運動が起きた。アイゼンハワー大統領が訪日できなくなり、当時の岸信介首相も退陣した。
国論を分ける対立だったが、戦後の日本の平和と繁栄をみると、結果として安保条約はプラスに作用したといえる。
条約は、日本が武力攻撃を受けた場合、米軍は共同して日本を防衛する。米軍の駐留は、日本と極東の平和と安全に寄与するためとしている。
日米安保体制によって、日本は防衛費を抑えることができる。予算を産業振興や社会資本の整備などに投入でき、国内総生産(GDP)が世界2位になるまで経済成長を遂げた。
第2次大戦で惨禍を与えたアジアの国々にとっては、日本が軍事大国の道を歩まなかったことで脅威と感じずに済んだ。
アジアの平和と安定に日米安保が与えた影響は小さくない。
89年に米ソ冷戦が終結して世界情勢は大きく変わった。しかし、北朝鮮の核開発は止めねばならないし、中国の軍事的台頭も気がかりだ。
2001年には米中枢同時テロが起き、テロへの対応も欠かせない。
日本は、日米同盟と国際協調を外交の基軸としてきたが、今後も発展させていかなければならないだろう。
安保改定50年にあたり、鳩山由紀夫首相は、日米同盟を21世紀にふさわしい形で深化させるため、米国と共同作業を行い、年内に国民にその成果を示したいとの談話を発表した。
また、日米の外務・防衛4閣僚で構成する「日米安全保障協議委員会」は連名の共同声明で、アジア太平洋地域の平和と安定に果たす役割を強調するとともに、幅広い分野での協力拡大への決意を示した。
日米同盟の深化は、11月の日米首脳会談で最終合意する段取りだ。
両国の関係は、鳩山政権発足後、沖縄県の米軍普天間飛行場の移設問題でぎくしゃくしている。
米側は、辺野古(名護市)への移設の履行を迫り、鳩山政権は移設先の見直し作業をしている。
日米が合意した内容といえども、新政権が発足した以上、協議のテーブルにのせて率直に話し合うことは当然だし、大切なことだ。
鳩山政権は移設先について、5月までに回答するとしている。日米同盟の深化にかかわる重要な問題だ。
改定50年を契機に政府だけでなく、国民が日本の安全保障をどうするのか、日米同盟のあり方について真摯に考えたい。米軍基地が集中する沖縄県民の痛みにも思いを寄せなければならない。
[京都新聞 2010年01月20日掲載] |