2010-01-16(Sat)
小沢一郎をめぐる攻防は他人事じゃない
時間がないので、簡潔に書いておく
これは、庶民と特権階級の、大決戦だ。
大げさに聞こえるだろうか?
いやいや、大げさだと思う気持ちの方を疑ってみた方がいい。
小沢氏の政治主張は、一貫している
「国民が働いて暮らしていける仕組みをつくる。」
「アメリカと対等にものが言えるようになる。」
私たち庶民の側からすれば、あったりまえのこと。
にもかかわらず、今まで何十年も実現しなかったこと。
なぜ実現しなかったのかというと、ひとつには、高度成長期とその後しばらくは、そこそこ食っていける社会だったから。
あえて、ゴリゴリ変革しなくても、何とか食っていけた。
ふたつめは、アメリカも日本を奴隷にする代わりにチョコレートも与えていた。
つまり、ひとつ目とふたつ目は表裏一体の関係だった。
そして、そういう時代を切り盛りしていたのが、官僚だった。
官僚が、特権を独占しつつ、そこそこ食っていける社会を運営していた。
しかし、時代はそんな悠長な時代ではなくなってしまった。
そこそこ食っていけるだけでも御の字というくらい、厳しい社会になった。
アメリカもチョコレートをくれるどころか、たんと太らせた日本をそろそろ食べ頃だと思っている。
仕組みを変えなくては、誰でも働いてそこそこ食っていける社会はできない。
それを、実現しようとしているのが、小沢一郎という政治家だ。
裏返して言えば、そういう仕組みを作れないと、日本でも革命が起きるかもしれない、という危機感が、小沢にはあるのだと思う。
それを避けて、そこそこ食っていける庶民と、そこそこ贅沢できる金持ちの社会にしたい、というのが二大政党制という考えだ。
これで良いかどうかは置いといて、そこそこでも食っていけない社会に足を突っ込んでしまった私たちは、やはり今は、小沢一郎を応援しようと思うのである。
ところが、時代の変化につれて仕組みを変えようと思うと、どうにもこうにも邪魔なものがいる。
これまでの仕組みを運営してきた官僚だ。
国民を「食わせる」代わりに、特権を独占してきたものだから、今さらその地位から離れたくない。
食わせられなくなったのだから、その権利を返上して、公務員としてしっかり働いてくれればいいのだけれども、そうはいかない人が多すぎる。
そうした権力の亡者の、トップに君臨するのが、検事総長だ。
検察権力という、権力の中の権力、強権力を手にしている、いわば官僚の守護神である。
それにもかかわらず、国民にも国会にも責任を負わない。
つまり、選挙でもなければ国会で選ばれるのでもない。
「これはいかん、検事総長を国会同意人事にしよう」、と言ったのが小沢一郎だ。
今回の小沢一郎への常軌を逸した攻撃は、まず第一にこれが原因だと思われる。
東京高等検察庁の検事長が、次の検事総長になるというコースは、1959年から20代も続いている。
さらに、その多くが、前々職は法務事務次官である。
これに手を入れようとしたのが、小沢一郎なのである。
それは、権力は国民に責任を負わなくてはならないという、小沢の原則主義でもあるが、なによりも、官僚の特権をはがしとっていくために、まずは守護神を押さえ込まなくては何も進まないという戦いであった。
だから、ある意味で、今回の事態は、小沢本人は想定内のことだろう。
戦いを挑んで、相手がすごすごと引き下がるとは、思っていなかったはずだ。
万全の準備をしていたはずで、まず何も証拠は出てこないだろう。
何も実態がないからこそ、マスコミリークという違法行為と、チンピラまがいの証人しかできないのだ。
たとえば、例の金沢敬という人物については、続々と情報が上がっている。
ラターシュに魅せられて 2010.1.14
「気弱な地上げ屋」 は、このオトコを存じ上げております。
元雇い主より何歳か年上なんですね。
その・・元雇い主も・・北海道独特の・・よく言えば・・豪快。
・・正確に言えば・・チャランポラン・・そんな性格にあまり馴染めないように見えました。
議員バッジ付けたいばっかりに近づいてきた・・・そんな・・損得で動いてるな・・ってのが、ミエミエなオトコでした。
器量から言えば、村会議員のレベルですが、ご本人は永田町の赤絨毯を踏みたかったようです。
そりゃ無理です・・このナリですから (笑)。
元雇い主も・・判っちゃいたが・・・ハッキリ口に出せなかったようです。
ズルズルときちゃって・・・結局キレちゃった・・・ってコトですね。
また、ラターシュに魅せられての気弱な地上げ屋さんからは、当ブログにコメントもいただいている。
一度、お目にかかったことがある金沢氏とは別人だと思います(笑)。
だって、彼は「私は雇われ社長で、オーナーは怖い人・・なんです・・」って言ってましたから(笑)。
世の中、狭いようで・・広いですね(笑)
これは、言うまでもなく反語の表現。
ムネオ日記 2010.1.15
私も金沢なる者を知っている。石川代議士の私設秘書と言うが、後援者の一人で、石川事務所の手が足りないものだから、会合等に代理出席していた程度の人物だ。何か仰々(ぎょうぎょう)しく側近と言うべき様な人物ではない。
おまけにこの金沢氏と石川代議士とは直接のパイプがあった訳ではない。元々は当時の公設第二秘書の江藤氏との人間関係で、江藤氏が金沢氏に「東京に行ってくれ」と頼み、上京したのである。
石川代議士に東京に呼ばれたと言っているが、石川代議士は呼んではいない。この点でも、石川代議士に呼ばれたと言った金沢氏の発言はウソであると江藤氏は話している。
おまけに江藤氏は、金沢氏の発言は8割方事実でないと言っていた。ボストンバッグは石川氏の洗濯物を入れていたものだそうである。
この様な人物が検察に上申書を出しているそうだが、漫画チックな話ではないか。金沢氏がいかなる人物か、時が解決することだろう。
など、実際に知っている人からの話が流れはじめた。
こういう大人物が登場したことと、おそらくは石川氏の元私設秘書の池田光智が検察の恫喝にコケタことが、石川氏逮捕に踏み切った根拠なのだろうが、この程度で検察の勝利はおぼつかない。
石川氏を徹底的に脅して、あること無いこと証言させることが、検察側の唯一の戦術になっていると考えられる。
捕まって検察に締め上げられている人を支えるには、後から弾を撃つような真似を絶対にしないことだ。
共産党のように、すぐに権力と自己を一体化させてしまう態度は、捕まってウソの供述を強要されている石川氏を、向こう岸へ追いやる行為だ。
断じて許されない。
戦いである以上、一方を利すれば他方を害し、一方を害すれば他方を利するのである。
平和ボケした共産党は、とりあえずほうっておくが、いつの間にやら共産党よりも小沢一郎のほうが「革命的」になってしまったわけだ。
無血革命 と小沢はテレビ番組で宣言した。
まさに、今おきていることは、その渦中での内戦と言える。
実弾こそ飛びかっていないけれども、人の命がかっかってくる局面だって十分にありうる。
植草一秀氏の呼びかける「主権者国民レジスタンス戦線」、あるいは副島隆彦氏の言う「鳩山民主党政権を応援するための国民運動」が、リアリティをもっている。
そういう時代認識を持って、小沢一郎をめぐる攻防をとらえたい。
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これは、庶民と特権階級の、大決戦だ。
大げさに聞こえるだろうか?
いやいや、大げさだと思う気持ちの方を疑ってみた方がいい。
小沢氏の政治主張は、一貫している
「国民が働いて暮らしていける仕組みをつくる。」
「アメリカと対等にものが言えるようになる。」
私たち庶民の側からすれば、あったりまえのこと。
にもかかわらず、今まで何十年も実現しなかったこと。
なぜ実現しなかったのかというと、ひとつには、高度成長期とその後しばらくは、そこそこ食っていける社会だったから。
あえて、ゴリゴリ変革しなくても、何とか食っていけた。
ふたつめは、アメリカも日本を奴隷にする代わりにチョコレートも与えていた。
つまり、ひとつ目とふたつ目は表裏一体の関係だった。
そして、そういう時代を切り盛りしていたのが、官僚だった。
官僚が、特権を独占しつつ、そこそこ食っていける社会を運営していた。
しかし、時代はそんな悠長な時代ではなくなってしまった。
そこそこ食っていけるだけでも御の字というくらい、厳しい社会になった。
アメリカもチョコレートをくれるどころか、たんと太らせた日本をそろそろ食べ頃だと思っている。
仕組みを変えなくては、誰でも働いてそこそこ食っていける社会はできない。
それを、実現しようとしているのが、小沢一郎という政治家だ。
裏返して言えば、そういう仕組みを作れないと、日本でも革命が起きるかもしれない、という危機感が、小沢にはあるのだと思う。
それを避けて、そこそこ食っていける庶民と、そこそこ贅沢できる金持ちの社会にしたい、というのが二大政党制という考えだ。
これで良いかどうかは置いといて、そこそこでも食っていけない社会に足を突っ込んでしまった私たちは、やはり今は、小沢一郎を応援しようと思うのである。
ところが、時代の変化につれて仕組みを変えようと思うと、どうにもこうにも邪魔なものがいる。
これまでの仕組みを運営してきた官僚だ。
国民を「食わせる」代わりに、特権を独占してきたものだから、今さらその地位から離れたくない。
食わせられなくなったのだから、その権利を返上して、公務員としてしっかり働いてくれればいいのだけれども、そうはいかない人が多すぎる。
そうした権力の亡者の、トップに君臨するのが、検事総長だ。
検察権力という、権力の中の権力、強権力を手にしている、いわば官僚の守護神である。
それにもかかわらず、国民にも国会にも責任を負わない。
つまり、選挙でもなければ国会で選ばれるのでもない。
「これはいかん、検事総長を国会同意人事にしよう」、と言ったのが小沢一郎だ。
今回の小沢一郎への常軌を逸した攻撃は、まず第一にこれが原因だと思われる。
東京高等検察庁の検事長が、次の検事総長になるというコースは、1959年から20代も続いている。
さらに、その多くが、前々職は法務事務次官である。
これに手を入れようとしたのが、小沢一郎なのである。
それは、権力は国民に責任を負わなくてはならないという、小沢の原則主義でもあるが、なによりも、官僚の特権をはがしとっていくために、まずは守護神を押さえ込まなくては何も進まないという戦いであった。
だから、ある意味で、今回の事態は、小沢本人は想定内のことだろう。
戦いを挑んで、相手がすごすごと引き下がるとは、思っていなかったはずだ。
万全の準備をしていたはずで、まず何も証拠は出てこないだろう。
何も実態がないからこそ、マスコミリークという違法行為と、チンピラまがいの証人しかできないのだ。
たとえば、例の金沢敬という人物については、続々と情報が上がっている。
ラターシュに魅せられて 2010.1.14
「気弱な地上げ屋」 は、このオトコを存じ上げております。
元雇い主より何歳か年上なんですね。
その・・元雇い主も・・北海道独特の・・よく言えば・・豪快。
・・正確に言えば・・チャランポラン・・そんな性格にあまり馴染めないように見えました。
議員バッジ付けたいばっかりに近づいてきた・・・そんな・・損得で動いてるな・・ってのが、ミエミエなオトコでした。
器量から言えば、村会議員のレベルですが、ご本人は永田町の赤絨毯を踏みたかったようです。
そりゃ無理です・・このナリですから (笑)。
元雇い主も・・判っちゃいたが・・・ハッキリ口に出せなかったようです。
ズルズルときちゃって・・・結局キレちゃった・・・ってコトですね。
また、ラターシュに魅せられての気弱な地上げ屋さんからは、当ブログにコメントもいただいている。
一度、お目にかかったことがある金沢氏とは別人だと思います(笑)。
だって、彼は「私は雇われ社長で、オーナーは怖い人・・なんです・・」って言ってましたから(笑)。
世の中、狭いようで・・広いですね(笑)
これは、言うまでもなく反語の表現。
ムネオ日記 2010.1.15
私も金沢なる者を知っている。石川代議士の私設秘書と言うが、後援者の一人で、石川事務所の手が足りないものだから、会合等に代理出席していた程度の人物だ。何か仰々(ぎょうぎょう)しく側近と言うべき様な人物ではない。
おまけにこの金沢氏と石川代議士とは直接のパイプがあった訳ではない。元々は当時の公設第二秘書の江藤氏との人間関係で、江藤氏が金沢氏に「東京に行ってくれ」と頼み、上京したのである。
石川代議士に東京に呼ばれたと言っているが、石川代議士は呼んではいない。この点でも、石川代議士に呼ばれたと言った金沢氏の発言はウソであると江藤氏は話している。
おまけに江藤氏は、金沢氏の発言は8割方事実でないと言っていた。ボストンバッグは石川氏の洗濯物を入れていたものだそうである。
この様な人物が検察に上申書を出しているそうだが、漫画チックな話ではないか。金沢氏がいかなる人物か、時が解決することだろう。
など、実際に知っている人からの話が流れはじめた。
こういう大人物が登場したことと、おそらくは石川氏の元私設秘書の池田光智が検察の恫喝にコケタことが、石川氏逮捕に踏み切った根拠なのだろうが、この程度で検察の勝利はおぼつかない。
石川氏を徹底的に脅して、あること無いこと証言させることが、検察側の唯一の戦術になっていると考えられる。
捕まって検察に締め上げられている人を支えるには、後から弾を撃つような真似を絶対にしないことだ。
共産党のように、すぐに権力と自己を一体化させてしまう態度は、捕まってウソの供述を強要されている石川氏を、向こう岸へ追いやる行為だ。
断じて許されない。
戦いである以上、一方を利すれば他方を害し、一方を害すれば他方を利するのである。
平和ボケした共産党は、とりあえずほうっておくが、いつの間にやら共産党よりも小沢一郎のほうが「革命的」になってしまったわけだ。
無血革命 と小沢はテレビ番組で宣言した。
まさに、今おきていることは、その渦中での内戦と言える。
実弾こそ飛びかっていないけれども、人の命がかっかってくる局面だって十分にありうる。
植草一秀氏の呼びかける「主権者国民レジスタンス戦線」、あるいは副島隆彦氏の言う「鳩山民主党政権を応援するための国民運動」が、リアリティをもっている。
そういう時代認識を持って、小沢一郎をめぐる攻防をとらえたい。
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