ニコライ・モロゾフさん『キス・アンド・クライ』出版発表記者会見一問一答

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本日は特別編です。1月15日に講談社で行われたニコライ・モロゾフさん『キス・アンド・クライ』出版発表記者会見の一問一答編集版をお届けします。

 

Q 日本人選手が外国人選手よりいちばんすぐれていると思うところは?

A 日本の選手というのは、非常にスケーティングに向いている体をしていると思います。いいスケーティングができる。重心が低いので、ジャンプが跳びやすいんですね。黒人選手が陸上の短距離などでスピードを出せるように、筋肉がすごくクイックに反応するんだと思います。だからジャンプに向いているんだと思います。
もう一つ言えるのは、日本人は、私はディシプリンと言いますけれども、非常に努力する姿勢を持っている。規律正しいということでしょうか。小さいときから規律の中で育っていることが影響しているのだと思うんですけれども、これをやれということをちゃんと聞いて、やります。
アメリカやヨーロッパの選手の場合、十五歳や、十六歳の年ごろですと、練習しろと言っても映画に出かけるだとか、友人と遊ぶだとか、スケート以外に熱心になってしまって、なかなかスケートの練習でプッシュするのは難しい。ところが日本人は非常に規律を持って、自分を戒めながら練習をするところがあります。
また、私はこれをナビゲーションシステムと呼んでいますが、皆さん、ちょっと想像してみてください。猫をポーンと投げますと、ちゃんと両足で、四つの足で着地しますよね。日本人の選手も同じようにジャンプを跳んだあと、必ずきちんと着地できる。そのジャンプを下りるうえでのフィーリングがよく、いい勘をしているんだと思います。だからジャンプがすごく自然に跳べて、そのジャンプに長けているところが、最近の日本人選手のいい結果につながっていると感じています。

 
Q コーチと選手のベストの関係とはどのようなものか

A その質問に答えるのは、そうたやすいことではありません。今、私はアメリカで仕事をしていますが、最高と思うコーチとスケーターとの関係は、ロシアでのみしか見たことがありません。
日本では選手がよくコーチを替えるという印象を受けています。ちょっとでも悪い成績を出してしまうと、親御さんがすぐコーチを替えてしまう。これは実はアメリカでもよく見られます。それだけのお金を払っているからということなのかもしれませんが、本当に一番高いレベルでの限られたところでしか、コーチと選手の良好な関係というのは見いだせないのではないかと思います。
それは、コーチと選手が同じ方向を見て、同じゴールを目指して、そして同じ結果を目指しているということです。つねにコーチが自分を後押ししてくれているんだと選手が感じられること。一緒にいい成績が出れば喜び、悪い成績が出れば、もちろん悲しみますけれども、そこでコーチの仕事というのは、なぜそうなってしまったのか、その原因を突き止めることだと思います。
私は何かうまくいかなかったときは自分自身を責めます。何を間違えたのか、と。成績が思うように出なかったときに、ジャンプをしなかったからだ、もっとスピードをと言ったでしょうなどと選手を責めるコーチを私はよく目にしますが、何かがうまくいかなかったときは、九割がた、コーチのミスなのです。選手に何をするべきなのか、どこまで練習でプッシュするのか、あるいはやめさせるのか、次の日は何を練習させるか、そういったことまで指導するのがコーチだからです。
私はよく自分の仕事を医者の仕事に例えます。それも外科医です。心臓手術をした場合に、失敗したら、その人はもう命がないわけですけれども、私たちも同様で、失敗してしまうと、選手生命がなくなってしまいます。
ですから、安藤美姫選手が世界選手権で優勝したら、さらにいい成績を収めなくてはならない。織田信成選手も悪い成績が出た場合には人生が変わってしまいます。それだけ大きな責任を担うのがコーチだと思います。だからこそ、コーチと選手のあいだというのは、オープンで信頼関係が醸成できていないと、うまくいかないと思います。

 

Q 世界選手権優勝後に安藤美姫さんと、どういうところに力を注いだのか

A トリノ五輪直後のことに少し戻りますが、あの当時、私には浅田真央選手のプログラムの話もありました。私は安藤選手を選んだのですが、それは私が難しいチャレンジが好きだからです。何か問題を抱えている選手のほうが、何でも簡単に、問題なくスケートをやってしまうような状況よりも、自分としてはおもしろいと思ったからですけれども、そういった大変な状況に自分を置きたいと思ったんですね。年齢的にも、彼女はとても難しい状況で、とてもスケーターとは思えない格好をしていて、私は初対面のときスケーターだとは思わなかったくらいでした。
そんなこともあって、安藤選手の指導を始めた一年目で、世界選手権で優勝できた。しかし、その直後に非常に親しかったお祖母さまを亡くされたということで、彼女はもう滑りたくないと思うくらい、つらい時期がありました。
すごく苦しんだシーズンだったのですが、今シーズンに向けては、ある意味ではそのつらさも良かったかもしれないと思っています。というのも、毎シーズン、毎シーズン、ベストな形で調子がいいということはありえません。何か問題を抱えて、苦しんで、そこから抜けきって、成長したときに、非常にいい、安定したシーズンを迎えることができるわけですから。

 

Q 安藤美姫選手は、七年前に四回転を大会で下りて以来、練習では跳んで下りていますが、なぜ大会でやらないのか。今後、五輪に向けて四回転をやらせるということはあるのか

A 彼女はすでに女性スケーターとして初めて四回転ジャンプを成功させたということで、ギネスブック入りを果たしています。それで、ちょうど一ヵ月前でしょうか、美姫が僕にこう言ったんですよ。ソチオリンピックにも出たいと。初めて四回転ジャンプをオリンピックで決めた女性になって、ギネスブックに載りたいから、と。
彼女が練習で四種類の四回転ジャンプを決めているのは、私自身も見ていますし、昨年のグランプリファイナルでも四回転を跳んでいます。クリーンなフリーを滑りましたけれども、彼女は最終的に六位に終わっているわけですね。やはりシステムの関係でダウングレードされてしまったことが響きました。四回転として跳んだのですが、それだけポイントを失ってしまいました。これが古い採点方式であれば、テクニカル点で五・九や六・〇を打ち出すような内容だったんです。それが、三つのジャンプで
ダウングレードされてしまいました。
練習ではもう跳べていますし、必要とあればプログラムに入れることも考えられますけれども、今まで必要がなかったので、四回転を入れてこなかったわけです。クリーンなプログラムさせ滑れば、安藤選手は四回転がなくても、それだけの結果がついてくる選手だということです。
もう少し付け加えますと、ほかにもたくさん、安藤選手は練習しなくてはいけない課題があったからというのも理由の一つです。毎日、四回転ジャンプだけ練習していれば、どの大会でもきちんと下りられたかもしれませんけれども、やっぱりほかの要素をそれだけ練習してこなくてはならなかった。四回転をいくら下りていても、スピンやスパイラルでポイントを取れなかったら、意味がありません。
もう彼女も十五歳の若いスケーターではありませんから、エレメンツ一つひとつに力を要する。そして、プログラム全体をまとめていかなくては評価が出ないわけですから、そちらのほうに力を注いできたという背景があります。

 

Q あなた自身が大変感情豊かな方だと思う。この本の冒頭でも精神面のコントロールということを大変強調しているが、こういう全人格的な指導を行ううえで、あなた自身の感情が豊かであるというのは、どのように影響していると思うか

A 感情豊かと言っていただくのは嬉しいですけれども、感情豊かなのではなく私は単に競争心があるのだと思います。自分の教えている選手にはぜひ勝ってほしいという気持ちがすごく強いんですね。私のコーチ仲間には、大会に行って、ビールを飲めれば、それでいいなんていう連中もいますけれども、私はもう二十四時間、大会のことで頭がいっぱいになってしまいます。本当に楽しめないんですね。そのことでいっぱいで、つねに大会でどうすればいいかということを考えています。
やっと大会が終わって、ほっとする間もなく、もう次のことを考えなくてはいけないので、感情的ということではなく、あくまでも自分はその競争心が高いところにあるのかなという気持ちでいます。
ただ、これはやっぱりコーチとしての性(さが)でしょうか。何度か、疲れきって、やめようと思ったことが実はあるんです。アメリカに帰って、自分の教え子ではない、ほかの先生の子どもたちを見れば責任もないから、それでいいやなんて思って二、三週間やってみると、すごくつまんなくなってしまいます。飽きっぽいんですね。やっぱり選手と一緒に勝っていきたいという気持ちになるんです。

 

Q 本の前書きに、勝つための必要な条件を理解しているというふうに書かれているが、一ヵ月後のオリンピックに向けて、安藤選手、織田選手が勝つために必要な条件とはどのように考えているのか

A もうオリンピック直前なので、変えられることは実はもうないと思うんです、この段階で。ですから、今はその質問には答えが出ないと言ったほうが正しいかもしれません。オリンピックが終わったあとに、もちろん喜んでお話ししたいと思いますけれども、今はどの選手に対しても、健康でいてほしい。そして、怪我なく本番を迎えてほしいと思います。

 

Q 自らのコーチメソッドに、タチアナ・タラソワが与えた影響は大きいのか

A もちろん私がコーチという職業を始めたのは、タチアナさんの下でした。もう彼女の下を離れて六年経ちますし、タチアナ先生はどちらかというと、今はロシアでテレビ関係の仕事などのほうが忙しいので、お互い違う道を歩んできているわけですけれども、やはり彼女はたくさんのことを教えていただいたと思います。
私が彼女の下に入ったときには、すべてのことをなさってきていた偉大なコーチだったわけですけれども、そのメソッドをすべて惜しみなく教えてくださったということでは感謝しています。今はもう、そこから私は自分の道を歩み始めておりますし、彼女が始めたこと、私にしてくださったことを、同じように今度は私が引き継いでいかなくてはいけないなという、そういう気持ちでおります。

 

Q 安藤選手と織田選手が五輪で優勝もしくはメダルを取れる可能性はどれぐらいあるのか

A 金メダルを皆さんが期待していて、質問も出るかと思っていたんですけれども、オリンピックでの金メダルというのは、そんなに簡単なものではないとしか、私には答えることができません。荒川さんが金メダルを獲ったので、日本の方は皆さん、また金メダルを考えていらっしゃるんだと思うんですけれども、一つ申し上げられるのは、このオリンピックに限っては、金メダルは誰に行くかはわからないということです。
特に男子の競技に関しては、非常に優秀なスケーターが揃っています。ですから、もちろん信成だって、五輪で金メダルを取る可能性はあります。ただ、誰にとっても同様に難しいことであるとしか、私は今言えません。
ただ一つ言えるのは、フィギュアスケート全体が今回はすごくおもしろく、エキサイティングな競技になると思うということです。

 

Q 本の冒頭の部分で一人の人間としてリンク外のことにかかわっていくのが大事と書いてあるが、具体的には?

A 一般論として、どのスケーターにも当てはまる話だと思うんですけれども、スケーターをスケート以外で教育することの重要性があります。例えば音楽を聞かせても、これが『カルメン』で、どういう作曲家で、どういう内容で、どういう物語かをまったくわからないようでは、それを滑るなんていうことはできません。ですから、いかにそれを理解するかが大切で、それを理解するためにも教育が大切になってきて、人間として成長しなくてはダメなんですね。
ほかにも、スタイル。いいスタイルって何なんだろう。いいコスチュームって何だろう。なぜこういうコスチュームを着るのか。そして、なぜこういう感情にあの音楽が当てはまっていて、どういう物語を自分が表現しようとしているのか。そういったところを理解できて、初めて滑れると思います。
皆さんも自分にお子さんがいたら、やはりいろんなことを体験させて、そこから学び取らせて、人間として豊かに育てたいと思われますね。それとまったく同じことだと思います。
非常にいい質問をいただいたと思いますが、日本でもアメリカでも同様で、非常に才能の豊かな選手はたくさん、いろいろな年齢層にいると思います。今、予備軍として十一歳、十二歳ぐらいから、十四歳の優秀な選手もたくさんいると思いますが、スケーターの人生は非常に短いものなんですね。そこに大きな危険性をはらんでいるということも警鐘を鳴らしたいと思います。
スケーターの生活というのは、朝、練習、夜、練習、あいだに大会で、ショーをやって、大会でせっかく各国に行ったとしても、ホテルとバスとロッカールームしか見られません。その国に触れるなんていうことはない。スケートの世界以外に触れることがまったくないのです。そういった選手たちがお金を稼ぐようになったときに、本物の良いものを見せようと思っても、もう遅いんですね。
例えば、いいバレエが来ているから観劇しようとか、そういうことをかれらに勧めたとしても、バーに行って一杯引っ掛けて、翌日、練習にちょっと酔っ払ったまま行って、怪我をして、選手生命がおしまいなんていう悲劇もたくさん目にしてきています。そうではなくて、やっぱり本物に触れて、それを見る目というものを養ってほしいと思います。
五輪でも世界選手権でも上位七人の男子に注目して見てください。みんな、キレイなヘアスタイルとメイクをしています。十六、十七歳の多感な年ごろの男の子にメイクさせるということがいかに難しいか、皆さん、ご理解いただけるでしょうか。
なぜそこまでしないと勝てないか理解させるためには、演劇を見せて、「ほら、あの劇で、あの役者たち、みんな、メイクしていたね。衣装、着ていたね。あそこまでのことをやるためには、ここまでやらないといけない」という説得の材料になるわけですね。納得させるために、そこまでやる必要があるのです。

 

Q アメリカでコーチをやめたくなるほどつらかったとは、どんなことがあったからか

A コーチをやめたいというのは、本当に何度かありまして、今もオリンピックが終わったら、やめたいなと思うときもあります、正直。
なぜコーチをやめたくなるのか。やっぱりこれはすごく難しい仕事だからだと言えるかもしれません。優秀な選手を持てば持つほど、やっぱりたくさんのものを自分でも抱えなくてはいけないんですね。それは情報という意味なんですけれども、スケート以外でもたくさんのことを自分が持っていなくてはならない
。それが大変なんです。
そういった情報を自分の中で処理して、スケートではこういうことをやらせて、ああいうことをして、この選手にはこういうことが向いているから、ああいうことがあるなどと、いろいろ考える。そして、そのスケーターの周りにいる人たち、さらにはジャーナリストにはどう答えるのかだとか、いろいろなところにアンテナを立てて、気を張っていなくてはならないという面があると思います。
そして、そういうことを全部こなしたうえで、初めて選手の優秀な才能に見合った、良い成果がついてくると思うんです。ただ大会で良い成績を出すということではないんですね。そこがコーチっていう職業を非常に難しくしているところだと思います。
これはコーチだけではなく、選手だけでもなく、皆さんの世界でも、どの世界でも当てはまることだと思いますけれども、つねに最新の情報を持って、すべてのことを把握していないと、やっていけないという、そういった意味での緊張感があります。ちょっとでも気を抜くと、すぐにほかの人に自分の立場を取られてしまう。そして、すぐ替わられてしまうということですね。それを一回失ってしまうと、もう二度と手にすることができない。そういった緊張感の中で仕事をしなくてはならないということなのかもしれません。
コーチは氷の上でのみ教えるという人もいるかもしれませんけれど、私の場合、例えばコスチュームの担当のスタッフがほかにいたり、ドクターがいたり、そうした日本人選手以外の人も私は見ています。特に日本人の選手の場合には、日本にいろいろと周りのことをやってきた方がいらっしゃる中で、一〇〇%、私が思う方向に向けるのは難しいですね。安藤選手の場合には一年半経って、今はもう彼女自ら納得して、コスチュームだったら、あそこに行って、こういうのを自分が要望するんだとか、そういうやるべきことをわかっているんですけれども、とにかくその氷以外でやるべきことがいかにたくさんあるか、ちょっと想像していただければと思います。

 

Q この選手を教えたいなというスケーターがいるか

A ちょっと日本人選手にいろいろ教えるのに疲れきっているというのが正直あります。やっぱり日本語を話せないことが一番のネックなのかもしれません。率直に言うと、日本の選手を理解するのはとても難しい。ミスコミュニケーションが過去、多々あったという点も否めません。もちろん私は日本が好きですし、和食も大好きですし、日本の皆さんのいいところも本当にたくさん触れています。ただ、やっぱり過去、スケート連盟の中のごく限られた人とですが、ちょっとミスコミュニケーションもありまして。自分はあまり気にせずに、自分は自分の仕事に集中してきたつもりでいますけれども。
ただ、若手の選手の中で、以前ほど、簡単に世界一を獲れるような選手が出てくるかどうか、私はあまり期待できないのかなとも感じています。今までは織田選手、高橋選手、小塚選手、浅田選手、安藤選手というように、ジュニアでワールドヂャンピオンになった錚々たるメンバーが次から次へと控えていました。もちろん、今後、ジュニアのワールドチャンピオンになれそうな可能性のある選手はいるかもしれませんけれども
層の厚さという面では、一時期よりはちょっと薄くなってきているかなという印象は受けています。
誤解のないように申し上げておきますけれども、織田選手はオリンピックが終わってもスケートやめるつもりはまったくありませんし、安藤選手もソチのオリンピックに行きたいと言っていますから、あと四年間はまだ、あの二人で手一杯になるという状況です。まだまだ若い選手ですからね、二人とも。

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