■あすへの視点■
「命を守る予算と呼びたい」
鳩山由紀夫首相は昨年末、政権発足後ほぼ100日で仕上げた2010年度政府予算案をこう名付け、子育てや医療、雇用など人の命を守る予算確保に全力を傾注したと力説した。
民主党はマニフェスト(政権公約)で、税金の使い道を「コンクリートから人へ」と変える理念を掲げ、国民生活を立て直すと約束した。子ども手当の創設や高校の実質無償化など、公約した目玉政策の実行で政権交代の意義を強調したかったのだろう。
公約の実現は不完全とはいえ、目指す方向に異論はない。小泉構造改革は結果的に格差や貧困層の拡大を招き、生活の立て直しが急務だからだ。
●消えぬ将来への不安
予算案では、子ども手当の半額支給などを盛り込んだ社会保障費が9・8%増の27兆円超と、初めて一般歳出の半分を超えた。一方、公共事業費は過去最大の18・3%減に抑え込んだ。確かに、ハコモノから人重視へ大きくかじを切ったが、「命を守る予算」は持続できてこそ意味がある。
ところが、鳩山政権は「命を守る」ための社会保障制度の体系だった将来ビジョンをまだ示していない。
信頼が揺らいだ年金、人手不足で現場の危機が叫ばれる医療・介護、保育施設の増強が求められている子育て、失業率が高止まりした雇用-。予算編成では税収減の穴埋めに追われ、解決すべき課題が山積する社会保障の全体像の論議は脇に置かれた。
国民の将来不安の根っこに横たわる社会保障をどう立て直し、どんな安心社会を築くのか。その青写真が見えなければ、家計を直接支援するといわれても国民の心には響かない。
鳩山政権の目指す社会保障のあるべき将来像を掲げ、その実現に必要な費用や改革のメニューと優先順位を示した工程表が不可欠だ。何をいつまでにどう強化し、負担と給付の関係はどう変わるのか。そんな選択肢と道筋を描いた設計図を早く示すべきだ。
日本は世界最速で少子高齢化が進んでいる。1947―49年生まれの団塊の世代は全員が還暦を越え、もうすぐ年金受給世代となる。10年たてば全員が70代になり、医療や介護の急増が見込まれる高齢化のピークが到来する。
一方、団塊ジュニア世代が30代後半を迎え、3年連続で上昇した出生率が下降しかねない懸念をはらむ。
出生率がいまと同程度なら、政府の推計では、65歳以上の高齢者1人を支える現役世代は2005年の3人から55年には1・2人になるという。
社会保障制度の支え手が減る中で、費用はいや応なく膨らむ。政府の試算では、年金、医療・介護、少子化対策を充実した場合、新たに必要な財源は15年度で12兆円程度、25年度で24兆円程度になり、消費税換算で3・5%、6%の上乗せが必要とされる。
このままでは現役世代まで押しつぶされてしまう。安心できる持続可能な社会保障制度の再構築が必要な理由であり、これに答えを出すのが鳩山政権に課せられた責任である。
それなのに、鳩山首相は「この4年間に消費税の増税を考えることは決してない」と再度強調し、無駄を徹底的になくす努力を続けると語った。
●国会で消費税論議を
しかし、無駄の排除と予算の組み替えだけでは財源確保は困難なことが、はっきりした。空前の44・3兆円もの国債増発と特別会計の埋蔵金頼みで帳尻を合わせたのが予算案の実態だ。
11年度は公約実現に必要な財源が12・6兆円に拡大し、1兆円規模で社会保障費も膨らむ。その場しのぎの埋蔵金は底をついた。財源問題をいつまでもあいまいにするようでは、借金頼みに陥りかねない危険がある。
今回の国債増発で、10年度末の国と地方の長期債務残高は862兆円と、国内総生産(GDP)の1・8倍に達し、借金財政もパンク寸前だ。
鳩山政権は、今年前半に中長期的な財政健全化の道筋を示し、消費税についても、今後の社会保障制度の抜本改革に併せ、使途の明確化や逆進性対策などを含めて検討するとしている。
財政再建と社会保障の安定財源の確保を両立できるのは、消費税しかないとの認識だろう。ならば、財政再建目標を検討する中でしっかり論議すべきだ。そのうえで、たとえ4年間は引き上げないとしても、消費税の将来像については明確に示すべきだ。
消費税は景気に左右されにくく、負担は全世代にわたり、現役世代に偏らない利点がある。増税は景気回復が前提だが、消費税収をすべて社会保障の強化に使えば不安解消につながる。
将来の消費税率は、10年代半ばには10%程度にする必要があると各界の意見はほぼ一致する。取り組みが遅れるほど増税幅は膨らむだろう。この面からも論議は早いほどいい。
自民党は前政権時代に、景気回復を条件に11年度にも消費税を引き上げる方針を示した。今度の通常国会では、安心できる国づくりに向け消費税をどうすべきかについて、鳩山政権に正面から論戦を挑んでもらいたい。
=2010/01/06付 西日本新聞朝刊=