| 2010年1月11日 09時45分 | |
人は生まれるとき、親を選ぶことができない。時代を選ぶことも、できない。
戦争中、壕の中で生まれた人もいれば、子どものとき親を亡くし、つらい幼少期を過ごした人もいる。かと思えば、銀のスプーンをくわえて生まれた人もいる。人さまざま、時代もさまざま。
運良く正規社員となった「バブル世代」のあとに、非正規社員として各企業に雇用されたのは、いわゆる「貧乏くじ世代」である。
社会に吹く風は、時代によって変わる。暖かい風が吹くときもあれば、厳寒のときもある。今年、新成人を迎える世間の風はどうだろうか。
世界経済は新興国などで回復傾向が見られるとはいえ、依然として混迷が続いている。外部依存度の高い日本経済は、まだ「底」を打ったと断言できる状況にない。
就職氷河期の再来で、若者は定職に就くことがままならない。運良く就職できたとしても、所得が右肩上がりに増える保証はない。それどころか、勤め先が倒産すれば一巻の終わり。
大人になったことを自覚して自ら生き抜こうにも、新成人を迎え入れる社会環境は、あまりに過酷だ。霧が晴れる兆候は、なかなか見えない。
新成人には、モラトリアム(社会人としての義務と責任を猶予されている期間)感覚を一日も早く返上することを期待したい。モラトリアムは確かに生涯の中で貴重な一時期だが、そこに安住し過ぎると、寒風吹きすさぶ現実社会への適応力を失いかねない。
顧みれば、今年の新成人が生きた20年間、日本は荒波にもがき続けてきた。
新成人が生まれた1989年度、日本株は高騰を続け、日経平均株価はもうすぐ4万円に手が届こうというところまで迫っていた。「株価5万円説」もまことしやかにささやかれ、日本中がバブル経済に踊っていた。しかし、ほどなくバブルは崩壊。90年度以降、日本の景気は小さな山と大きな谷を繰り返しながら下降局面をたどっている。
新成人は「失われた10年」に幼少期を過ごし、「閉塞(へいそく)感」に包まれて成長した。日本という国の勢いを実感することはなかっただろう。さらに、これからは少子高齢化の加速に伴い、増え続けるお年寄りを支えていく役回りも担わなければならない。
「ついてない」。そんなぼやきも聞こえてきそうだが、嘆いてばかりでは何も変わらない。
若者の強みは勢いと可能性だ。経験はこれから行動する過程で積んでいけばいい。
プロゴルファーの宮里美香さんは高校卒業後、世界に飛び出し、米ツアー1年目でシード権を得た。成人式では「去年の経験を生かし、優勝を目標に頑張っていきたい」と語った。今帰仁村の成人式では、福岡でラーメン店店長を務める新成人が「不況で厳しいけれど頑張ります」と宣言していた。前向きの姿勢からしか、成果は生まれない。
県の新成人は1万7248人。取り巻く環境は厳しくとも、自ら考え欲し行動して、力強く道を切り開いてほしい。