|
1月20日付 日米安保改定50年 非軍事面でも深化を
これを受け、岡田克也外相ら日米の外交・防衛4閣僚は「日米同盟は地域安定の礎石であり、幅広い分野で協力して同盟を深化させる」とする共同声明を発表した。 日本やアジア太平洋地域、世界を取り巻く安全保障の環境は、この50年間で大きく変わってきている。とりわけ今世紀に入ってからの変化は激しく、従来の安全保障政策についての考え方に抜本的な見直しが迫られている。 日米両国は、安保条約が果たしてきた役割とその功罪を十分に検証し、新たな日米同盟の姿をしっかりと描いてもらいたい。 安保条約は1951年にサンフランシスコ平和条約とともに締結され、60年に改定された。 その特徴は、日本が武力攻撃を受けた場合、日本を防衛する米国の義務を明記したことと、日本と極東の平和、安全の維持のため、日本国内に米軍基地を置くことを認めたことである。 日本は米軍の抑止力があるために経済成長に力を入れることができた。その結果、急速な戦後復興を遂げ、高度経済成長を経て経済大国になった。 日本の安全と経済発展に安保条約が貢献してきたことは間違いない。 一方、米国は日本を守る義務を負う代わりに、基地の提供を受けた。旧ソ連と厳しく対立する冷戦構造の中、在日米軍基地はソ連封じ込めに重要な役割を果たしてきた。米国にとっても安保条約はなくてはならないものだったといえる。 こうした状況が激変したのは89年の冷戦終結、91年のソ連の崩壊からだ。同年の湾岸戦争で米軍が日本の基地から中東に出撃するなど、在日米軍の活動範囲は大きく広がった。 さらに2001年の米中枢同時テロにより、米国は「テロとの戦い」を宣言した。それに伴い、日本は米国の求めに応じて、イラクとインド洋への自衛隊派遣に踏み切った。 在日米軍の活動範囲の拡大と相次ぐ自衛隊の海外派遣は、安保条約の枠組みを超えるものといえる。国際情勢の変化への対応が名目だったが、日米同盟のなし崩し的な変質、拡大は防がなければならない。 東アジアでは近年、北朝鮮の核・ミサイル開発や台頭著しい中国の軍事力増強が、安全保障上の新たな問題として浮上している。 しかし、北朝鮮問題は6カ国協議などで解決すべきであり、中国との関係も外交によって安定化を図っていくことが望まれる。 今後の日米同盟も、紛争の原因である貧困の解消や地球温暖化防止など、非軍事的な面でより深化させていくべきだ。そのために、日米両国の信頼関係が何よりも重要なのは言うまでもないだろう。 米軍普天間飛行場の移設問題で、両国が納得のいく形で解決できるかどうかが、その試金石となる。日本政府は、基地の負担軽減を求める沖縄県民の意思を踏まえつつ、米国との約束通り、5月までにきちんと結論を出さなければならない。
|
|