● フランス留学の機会を得て

2008年7月,私に2年間のフランス留学という辞令が与えられた。2年もの間,日本の実務で得られる経験を上回る何かを,留学生活で得られるのだろうか。検事としてまだまだ経験の浅い私にとって,期待と同時に不安も大きい旅立ちであった。

それから早一年。9月の学期末にむけて現在修士論文執筆中の私には,未だ形となった成果はない。ただ,現段階でも言えることは,非常に密度の濃い一年であったということ,そしてこの一年ほど,月並みだが「視野が広がる」あるいは「視点が変わる」ということを体感したことはなかった,ということだ。

私は現在,リヨン第3大学法学部の行刑(刑の執行)を専門とする修士課程に在籍している。フランスには日本にない様々な種類の刑罰があり,刑罰の適用の仕方にも各受刑者の社会復帰に向けた大胆な個別化の試みが近年数多くなされているが,そこに焦点を当てたのがこの修士課程である。刑罰とは何か,刑務所はどうあるべきか,多様な刑罰の可能性,社会復帰のための方策,福祉・心理などの隣接分野,そして刑事政策・・・。そこから自然と突きつけられるのは,何のために人を罰するのか,という問いである。これまで目の前の一つ一つの事件に精一杯だった私にとって,このような問いに直面すること自体が新鮮であり,まるで普段歩いていた道を衛星写真で鳥瞰するような視点の変化だった。また,刑事司法は人間臭い分野であるだけに,国民性が制度にも実務にも色濃く反映している。日本で無理だと思えていたことが,フランスでは現実に制度として機能していたり,逆に,フランスで大問題となっていることが,日本の実務では難なくクリアされていたりする。一所にいると「常識」と勘違いしてしまう多くのことが,実は人間が作りあげた既存の枠組にすぎないことがわかるし,ときにはその既存の枠組の精緻さに敬意を抱く。他国のことを学んでいるようでいて,自国がよりよく見えるようになるのが留学なのかもしれない。

この一年間,過去に外国人を受け入れたことがないというこの修士に飛び込み,授業のみならず膨大なレポートや口頭発表をこなすのは,私にとってまさに悪戦苦闘の連続だった。しかし,刑事系の実務家を志す熱心なフランス人学生と議論を重ねたこと,そして修士の一環として行った裁判所と検察庁での2か月間の実務研修において,「日本の同僚」として法曹の仕事から事務方の仕事まで驚くほど多くのことを経験させてもらい,実務家と毎日率直な意見交換ができたことは,私にとって得難い刺激となった。実務家となった後に改めてこのような機会を与えられたことに感謝し,残り一年でさらに成長したいと思っている。