社説
転換のあとに(3)倭文地区の一歩/農村再生を担う都市住民たち
新たな就農者が地域に活力を |
農業が衰退して過疎化が進み、耕作放棄地が増える。日本各地の農山村が抱える悩みは深刻だが、景気低迷が長びくなか、農業に注目する若者や転職組も出てきた。そうした兆しを、地域の明日を切り開く原動力にしていきたい。都市住民とのネットワークづくりや就農者の誘致に励む淡路の集落の取り組みに、その可能性がのぞく。
山すそに六つの集落が点在する、南あわじ市の倭文(しとおり)地区。600世帯、約1600人が住む。大半の農家は会社勤めなどをしながら野菜、コメを手掛ける兼業。兵庫の中山間地にある農村の典型といえる。
この倭文地区で、十数人の住民が特定非営利活動法人(NPO法人)「ふるさと応援隊」を立ち上げたのは2003年のこと。地域資産を使ったまちづくりや、農業を核にした交流を目標に掲げる。
「ここは、どこにでもある農山村。自然が生きているのが何よりの魅力」と民宿を営む理事長の北谷雅良さん(61)は話す。
活動の内容は、地域おこしから交流までさまざまだ。耕作放棄地を復旧し、市民農園にした。農家の人と一緒に都市住民が汗を流す「農村ボランティア」も受け入れる。廃屋を改修し、活動拠点も整えた。
こうした交流をきっかけに、倭文地区に関心を持ち、神戸などから就農などのために移り住んだ人は6家族を数える。
NPOが橋渡し役
ソムリエ資格を持ち、ワインバーや和食店で働いてきた橘真さん(44)も、その一人だ。昨春、神戸から夫婦で移住した。65アールの畑でトマトやアーティーチョークなどフランス料理やイタリア料理に使う野菜を試作し、一部は出荷も始めた。
「神戸から車で1時間の好立地。加えて、私たちと地域の人々をつなぐNPOがある。橋渡し役がいなければ、家や農地を見つけるのは難しかった」と橘さん。
田舎に住み、農業をしたいと願う都市住民は少なくない。そうした人たちと農村をつなぐ。ふるさと応援隊のような存在がこれから大切になるだろう。世界的な食料不足や経済危機をきっかけに農業が見直され、雇用の受け皿としても期待は高まる。かつてない変化が追い風になっている。
倭文地区でも今後、高齢化や担い手不足が一段と深刻になるのは間違いない。都市部からの就農希望者受け入れは、長い目でみれば農地を保全し、祭りや水管理など集落機能を維持することにつながる。
これこそ、地域社会を守り、活力を取り戻す「ふるさとづくり」といえる。
過疎や担い手不足など倭文が抱える悩みは、どの農山村にも共通する課題である。日本の農業従事者は、10年前から2割減り、200万人を割った。耕作放棄地は、24万ヘクタールから38万ヘクタールへ10年間で6割も増えた。住民の力だけで農地を守り、農村機能を維持し続けるのは、もはや難しい。
魅力の再発見から
鳩山政権は、来年度からコメについて戸別所得補償制度を全国で実施する。長年続いてきた減反政策は、大きく舵(かじ)を切る。その狙いは、農業の活性化はもちろん、食料自給率を向上させ、水の涵養(かんよう)などの多面的機能を担う農村を支えることにある。
だが、こうしたてこ入れで日本の農業を再生し、耕作条件に恵まれない山村を活性化できるのかどうか。効果は未知数だ。
兵庫県は、人口がいまの560万人をピークに減少に転じ、半世紀後には3割減の400万人弱になると見込む。高齢者の割合は倍増し、4割を超える。
そんな厳しい現実を前に、県も農村ボランティアや、集落再生に向けた取り組みへの支援事業などを始めた。農山村が「元気」を取り戻すには、農山村の人たち自身が、ふるさとの魅力や豊かさをあらためて見詰めることが欠かせない。
そのうえで、住民がふるさとの未来図を描き、実現へ行動する。都市住民や近隣集落とのネットワークを築く。国も自治体も、財政事情は厳しいが、官民が一体となって地域の暮らしや農業、自然空間を守っていく。そんな協働をめざしたい。
倭文のふるさと応援隊は、昨年末、就農を望む都市住民を受け入れる研修施設を設けた。ここで寝泊まりしながら、近くの農家で農業を学んでもらう。いずれは倭文に移住し、地域の担い手になる日を期待している。こうした倭文地区の挑戦は、各地の農山村にも参考になるだろう。
「限界集落」というような言葉を、過去のものにする必要がある。倭文が踏みだした一歩に、一つの道筋が見えてくる。
(2010/01/04 10:32)
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