鳩山由紀夫首相の所信表明演説を借りれば「あの暑い夏の総選挙の日」から4カ月がたった。しかし、冬の到来が熱気を奪ってしまったかのようだ。鳩山政権にとって試練の年が明けた。
1990年代からの政治改革論議はずっと「政権交代が可能な民主主義」を追い求めてきた。それが達成された今、問われるのは政権の中身だ。今夏の参院選は「中間評価」となる。
首相は昨年、就任会見で「日本の歴史が変わるという身震いするような感激と、強い責任を感じた」と語った。
確かに「変化」は見えた。「脱官僚依存」の具体化として事務次官会議を廃止、政務三役会議を置いた。大型公共事業の見直しや日米間の「密約」問題の調査着手も矢継ぎ早だった。
「事業仕分け」では予算の削減過程を公開、ネット中継には多くの人々が関心を寄せた。税の負担と使い道を国民の意思で決めるという、民主主義の原則を再認識するものとなった。
ところが、大がかりな仕掛けをもってしてもマニフェスト(政権公約)を実現するだけの財源を確保できず、ガソリン税などの暫定税率を廃止する公約は事実上、撤回に追い込まれた。
首相はことあるごとに、弱い立場の人々の視点を尊重することが、持論である「友愛」の原点だと話してきた。それは、社会で生きづらさを感じる少なからぬ人の心に染み込んだはずだ。
しかし、その持論と現実政治をすりあわせる難しさにぶつかっている。
官僚との役割分担を
問題は政権の金看板というべき「政治主導」が確立されていないことだ。
米軍普天間飛行場の移設問題をめぐり、迷走した閣僚の言動などは「政治家主導」との取り違えでしかない。
政府・与党の実務者会議の初会合で5月を期限に移設先を決める方針をようやく確認したが、今月24日に行われる名護市長選の結果いかんではますます事態が複雑化する可能性もある。
昨年末、首相は「抑止力」に言及した。日本の国益にとって日米同盟とは何なのか、それは日本がどんな脅威に備える必要があるかを考えることでもある。安保条約改定50周年を迎え、同盟について米国と根本から議論することに解決の糸口を見いだすしかない。
予算編成では、政治主導の旗手であるべき政務三役が官僚化する気配も見せた。首相は「借金は増やさない」と国民に誓ったが、2010年度予算案の国債発行額は過去最大に膨らんだ。
民主党の政策通とされる議員には官僚出身者が多い。ただ、個別政策の実務は官僚に任せるべきであり、大局的見地から彼らを使うことこそ政治家の本分だろう。対立は何も生まない。
鳩山政権には個別政策をつなぐ理念が欠けている。例えば、温室効果ガス削減と高速道路無料化では方向性が違う。首相の「友愛」も整合的な政策体系に反映させてこそ意味がある。
経済成長戦略の基本方針が出されたが、成長率そのものが目的ではない。大切なのは質的に豊かな生活を実現するために、社会保障を含めどんな政策体系を構想できるかだ。その上で公約に盛った政策の妥当性を検証すれば、何らかの微修正も必要となるだろう。
存在感強める小沢氏
連立を組む社民、国民新両党に政権が振り回されている感もある。
普天間問題では、社民の福島瑞穂党首が党首選に絡んで連立離脱を示唆した途端、「年内決着」の流れが変わった。追加経済対策の財政支出をめぐっては国民新の亀井静香代表に引っ張られ、当初の2兆7千億円規模を7兆2千億円まで積み増した。
参院選で単独過半数を握り、政権交代を完結することが民主の悲願だ。実績をつくるには参院で重要法案の成否を左右する両党の協力が欠かせない。
そこが、両党の背後に民主の小沢一郎幹事長の影がちらつくゆえんだ。
首相が普天間飛行場の移設先として社民が主張するグアム案をはねつけ、米国との同調姿勢をにおわせると、小沢氏は米側が求める現行案での決着に否定的な考えを表明。予算編成でも亀井−小沢ラインが主導権を握った。
見方を変えれば、亀井、福島両氏を介して、小沢氏は政策決定でも重要な役回りを演じていると言える。
表では政策の実現に奔走し、裏では陳情を党に集約させ自民の支持団体を徹底的に切り崩す。強引とも映る選挙戦略に徹する小沢氏の存在感が増し、参院選の顔である首相の地盤沈下が進む。これを断ち切るには首相を中心とした政治主導を確立するしかない。
展望が見えない自民
政権発足直後に72%だった内閣支持率は3カ月余りで25ポイント下がった。
政治主導の迷走に加え、首相と幹事長の「政治とカネ」の疑念は一掃されていない。期待はくすんできたが、それでも麻生前政権発足時と同水準だ。
有権者に「自分が生んだ政権」という覚悟があるのかもしれない。行方を見守ろうとする忍耐力を感じる。
民主がしくじれば後がないという切迫感もあるだろう。自民の窮状は衆院選の打撃がいかに大きかったかを物語る。党名変更までが一時持ち上がり、離党が相次ぐ。党再生への険しい道筋が、それらに投影されている。
参院選は今後の政治地図を決定づける天下分け目の戦いとなる。人気が陰る首相にとっても、がけっぷちの自民にも、通常国会の論戦は正念場だ。
今年、「あの暑い夏の参院選の日」はどのように語られるだろうか。
[京都新聞 2010年01月03日掲載] |