2010年1月1日(金) 東奥日報 社説



■ 心の在り方を見直したい/新しい年を迎えて

 除夜の鐘とともに新しい年が開けた。2010年、寅(とら)年が希望あるものとなることを祈りたい。

 寅は本来、「いん」と読み、動くという意味。「春が来て草木が生じ、伸び始める状態を表す」といわれる。先を見通すことのできないこの混沌(こんとん)とした時流にあって、今年こそ灯火を見いだしたい。 そう願う。

 今から一世紀以上も前のこと。1897(明治30)年元旦に正岡子規は、「一年は正月に一生は今に在り」と詠んでいる。既に、不治の病にむしばまれていたころのことだ。

 時代は流れても、子規の正月句からは、新年に自分を冷徹に見つめ、今、この瞬間を大切に生きる。そんなりんとした精神が伝わってくるようだ。

 迎えた21世紀初頭は変化の激しい、千変万化の時代の中にある。ゆとりのない、困難な現代社会をどう生きるかは人それぞれだ。が、この状況に押し流されることなく、自分を見失わないようにしたいものだ。

 世界同時不況に端を発した旧年の不景気は、デフレを伴い今も出口を見通せない。多くの若者は就職難で落ち着けない。330万人を超える完全失業者も、どんな正月を迎えただろう。

 旧年の自殺者は1998年の寅年から12年連続で3万人超、県内でも500人余だ。一方、家庭内殺人や無差別殺人も多発、殺伐とした風景が広がっている。

 なぜなのか。

 暮らしが脅かされ、優勝劣敗をもたらす競争社会のゆがみからか。「うつの時代」といわれ、目標を失いかけた不安定で閉塞(へいそく)した世相に終止符を打つべきだ。将来に希望を芽吹かせ、安定した社会へと向かわせる必要がある。

 戦後の躍進から方向性の喪失に悩む日本に、的確な将来像と羅針盤がない。重量感に乏しい政治に課せられた重大な責務だ。そして国民、県民一人一人に突きつけられた課題でもある。

 国際日本文化研究センター名誉教授で宗教学者の山折哲雄さんは折に、現代社会の問題を解決し生き抜くヒントとして日本人の心に言及。1500年の昔からさまざまな思想を溶け合わせ、発展させてきた日本人の心をいま一度見直す必要がある旨を指摘している。

 いらだつことが増え、寛容の心、優しさが薄れたきしむ現代。不安や危機感に揺らされている。社会は人を粗末にし空虚な心を生んでいないか。心の在り方を見直す一年としたい。

 08年暮れ、東京・日比谷公園に造られた年越し派遣村。うどんをすすっていた男性が「ありがたい。仕事が見つかったらこの恩を必ず返したい」と話していた光景を思う。打ちひしがれても、人の心の本質はすさんではいないと信じたい。

 作家・城山三郎さんは「静かに行く者は健やかに行く。健やかに行く者は遠くまで行く」という言葉をずっと大事にした。

 苦境にある人、障害者や高齢者をいたわり、支える。家族のきずなや友を大切にし、地域には連帯を取り戻して、静かに、健やかに歩を進めていく−。

 年始に生活の速度をゆるめて、しばし立ち止まり、自らを、人生を想(おも)うひとときを持ちたい。


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