病院の耐震化 100%達成を急がなければ

 命を守るべき拠点がこの数字では心もとない。
 全国約8600病院のうち、施設内のすべての建物が震度6強以上の大規模地震に対して耐震安全性の基準を満たしているのは56・2%にとどまっていることが国の調査で分かった。本県は60・3%だった。
 地震発生時の医療拠点となる災害拠点病院や救命救急センターも、約600病院のうち4割近くで耐震基準を満たしていない建物があった。震度6強程度で倒壊、崩壊する危険性が高い建物があるのは164病院に上った。
 入院患者らの安全を確保する責務が病院にあるのは言うまでもない。被災した住民に対しては適切な治療をする役割も持っている。
 いざというときに、それができるかどうか。災害拠点病院ですら耐震が不十分な現状をみると、不安は募る。
 中越地震では、拠点病院の県立十日町病院で、築30年以上の病棟の壁や柱が一部崩れ落ち、入院患者をほかの病院に移した経緯がある。
 国はこれを教訓に、病院の耐震化に力を入れてきた。2008年度補正予算以降、拠点病院や救命救急センターなどの耐震整備費に対し、国の補助割合を引き上げるなどした。09年度補正予算では、特例交付金を創設し、その結果、拠点病院など約60病院が10年度に耐震工事に入る予定だ。
 補強や補修には多額の費用が掛かる。国が手厚く支援する必要がある。厚生労働省は10年度末までに災害拠点病院などの耐震化率を71・5%とする目標を定めている。
 この目標は一つの通過点とみるべきだろう。拠点病院だけでなく、すべての病院が早急に取り組んで、100%達成に向けて努力したい。
 耐震診断を10年度以降に実施するとした病院も多い。工事着手はその後ということになる。国は11年度予算案にも補助金を盛り込んでいるが、耐震化工事を加速させる手だてを引き続き講じなければならない。
 問題は財源だけではない。建物の構造計算など専門技術を持った人材が不足しているとの指摘がある。地域医療と防災の最前線に立つ自治体や関係機関との連携強化も欠かせない。
 本県は、中越地震、中越沖地震と相次いで大地震に見舞われ、大きな被害を受けた。県が07年度に策定した耐震改修促進計画では、15年度までに学校と、民間も含めた病院をそれぞれ100%耐震化するとした目標を掲げている。速やかに進めてもらいたい。
 震度6強の地震が起きても、びくともしない。万が一の時に頼りになるのが公共施設だ。「早く耐震工事しておけばよかった」という事態は何としても避けねばならない。

新潟日報2010年1月12日

刑事共助協定 死刑存廃の論議深めたい

 「これでは不平等条約ではないか」。そんな声が聞こえてきそうな協定が日本と欧州連合(EU)との間で結ばれる。
 昨年12月に日本政府とEUが署名した刑事共助協定のことである。協定文には「死刑の可能性がある犯罪に関しては、捜査協力を拒否できる」という規定が盛り込まれていたからだ。
 刑事共助協定は、捜査や起訴に必要な証拠などを締結国の一方が要請し、受けた側には応じる義務を負わせる条約である。外交ルートを通じず、捜査当局間で直接連絡できるため、迅速な刑事協力が可能になる。
 日本は2006年以降、米国、中国、韓国、香港と協定を結んでいる。容疑者の国外逃亡や国際窃盗団などが国境を越えて暗躍する時代だ。共助協定の締結は歓迎すべきことである。
 EU側との締結で問題になったのが日本の死刑制度だ。EUは加盟条件に「死刑廃止」を掲げている。EU側は締結交渉で死刑の可能性がある犯罪の捜査協力には難色を示していた。
 そのため最終的に「自国の利益が害される恐れがある場合は、共助を拒否できる」との文言が加えられ、「死刑」を利益の侵害に含めた。
 日本の刑法では殺人の最高刑は死刑である。一方、EU加盟27カ国に死刑はない。実質的に拒否権が行使できるのはEU側だけということだ。
 例えば、日本国内の殺人事件で容疑者が、EU加盟国に帰国・入国した場合、日本側から捜査協力の要請があっても、死刑を盾に拒否できるのだ。
 逆のケースでは日本に協力の義務が課せられる。これでは不平等と言われても仕方ない。国境を越えた重大事件で捜査協力がスムーズにいくかどうか懸念を残す結果となった。
 交渉の過程で国家公安委員会や捜査当局から「不均衡すぎる」との声が上がった。当然だろう。だが、政府は「締結のメリットが大きい」とし、EU側の条件を受け入れた。それだけ犯罪のグローバル化が深刻化しているということである。
 ただ、EUが突きつけた「不平等条約」の意味は重い。死刑制度の是非を問うているからだ。
 国連総会で死刑停止の決議がなされたのは2007年12月である。しかし、昨年全国の地・高裁と最高裁で言い渡された死刑判決は、前年より7件多い37件に上った。
 犯罪が凶悪化しているのは確かだ。死刑という厳罰はやむを得ないのかもしれない。だが、死刑になりたくて無差別殺人に走った若者もいた。これでは制度自体の意味が薄れる。
 協定締結とともに死刑存廃論議の活発化を求めたい。

新潟日報2010年1月12日