自立支援法訴訟 和解の言葉を生かさねば

 「障害者の尊厳を深く傷つけたことに心から反省する」。長妻昭厚生労働相が述べた陳謝の言葉を新法の精神に生かしたい。
 障害福祉サービスを利用する際の自己負担に原則1割を課す障害者自立支援法は憲法違反だと訴えていた裁判で、国と原告団が訴訟終結に合意した。全国14地裁で係争中だが、判決を待たずに双方が和解する見通しだ。
 民主党は政権公約で、2006年に施行された自立支援法の廃止を掲げていた。この流れからすれば、国が和解の姿勢に転じたのは当然だろう。
 自立支援法が問題となったのは、サービス利用者の負担を所得に応じた「応能負担」から、原則1割の自己負担とする「応益負担」に転換したからだ。低所得の障害者を中心に重い負担が生じ、サービスの利用を控えるといった弊害も出た。
 今回の合意は、「生存権の保障を定めた憲法に違反する」との原告の訴えを国が認めたことになる。原告は「これを出発点にしたい」と語った。
 目指すのは、合意書に盛り込まれた「新たな総合的福祉法制の実施」だ。政府は遅くとも13年8月までに自立支援法を廃止し、新法を制定するとしている。障害者の誰もが安心して使える制度をどうつくるかが問われる。
 そのためにも、自立支援法の検証が欠かせない。応益負担へと制度が変わった最大の要因は、小泉政権下の社会保障費の支出抑制策にある。財源にこだわるあまり、制度設計が拙速になったのではないか。
 自立支援法は働く意欲のある障害者が自立できるように、就職支援を強化するなど、評価できる面もある。だが、実際には障害者の雇用は進まなかった。深刻な不況で、職を追われるケースさえ相次いでいる。
 政府は新設の「障がい者制度改革推進本部」に障害者も加わってもらうとしている。現行法には、こうした人たちの意見が十分に反映されなかったとの批判が出ていた。障害者自身が政策立案に参加することは「真の自立」を探る有効な方法になるだろう。
 制度を応益負担から応能負担へと、元に戻すだけでは不十分だ。誰がどの程度の負担をするべきか。障害者福祉はどうあるべきか。持続可能な福祉国家の在り方を徹底議論してほしい。政府は、福祉予算の大幅増を検討しているが、財源問題で制度が再び揺らぐことがあってはならない。
 一口に障害者といっても、その範囲は広い。誰でも事故や病気で体が不自由になる可能性がある。障害者福祉は当事者だけの問題ではない。国民全員が納得のいく制度改革を早急に仕上げていかねばならない。

新潟日報2010年1月9日

調査捕鯨 「文化」主張するだけでは

 オーストラリアなどを拠点とする米環境保護団体「シー・シェパード」の捕鯨抗議船が南極海で日本の監視船と衝突、抗議船が航行不能になった。
 シー・シェパードは日本の調査船団に対し、暴力的な抗議活動を繰り返している。調査捕鯨は国際捕鯨委員会(IWC)で認められているものだ。非は執拗(しつよう)に船団に接近した抗議船にあるといっていい。
 衝突した「アディ・ギル号」は、3胴式の最新高速船だ。最高時速は約93キロで建造費は約1億3千万円、レーダーに映りにくいステルス機能も備えているという。
 建造資金は寄付によるものだ。シー・シェパードの過激な行動に対する非難の声は多い。半面、これだけの寄付金が簡単に集まる。「反捕鯨」は世界の流れと考えるべきだろう。
 オーストラリアや船籍国のニュージーランドでは、抗議船が大きな被害を受けたことで、反捕鯨感情が高まりをみせているという。それが反日感情を生み、「日本製品ボイコット」などの過激な論調も目立つ。
 日本が捕鯨にこだわるのは、クジラとの関係が濃密だからだろう。平野博文官房長官は「船籍国のニュージーランド政府に厳重抗議した」と遺憾の意を表明した。農水省も乗組員や船舶の安全確保のため防衛策の強化を検討しているという。
 確かに食糧難の時代にはクジラ肉が飢えを救ってくれた。肉だけでなく骨や肝油などあらゆる部位を生活に使っていたのが日本人である。クジラ文化といっていいだろう。
 だが、南極海にまで出掛け「捕鯨文化」を主張する意味があるのかどうかだ。このままではオーストラリアなどとの関係にひびが入りかねない。日本政府は調査捕鯨そのものの在り方を見直すべきだろう。
 調査捕鯨はクジラ保護のため、IWCによる商業捕鯨の一時停止を受けて行われているものだ。日本は生態などの調査を名目に年間1000頭前後を捕獲している。
 反捕鯨国は「調査に名を借りた商業捕鯨だ」と反発している。「調査でなぜ1000頭も捕獲するのか」「なぜ捕獲したクジラの肉が市販されているのか」といったものである。
 政府はこれらの「なぜ」にどれだけ明確な答えを出してきたのか。「文化」などというあいまいさが、過激な環境団体であるシー・シェパードに付け入るすきを与えたのではないか。
 10月に名古屋市で生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が開かれる。この問題で反捕鯨国から総スカンを食うようなことがあれば、議長国としてのかなえの軽重が問われる。

新潟日報2010年1月9日