中米カリブ海の島国ハイチを大地震が襲った。崩れ落ちた街並み、ぼうぜんとする被災者たち。都市直下型という震源も規模も、阪神大震災と似ている。あの日を思い返した人も多いだろう。
あすで大震災から15年を迎える。時間が解決してくれたこともあれば、逆に浮き上がってきた課題もある。復興の歩みを検証し直すべき節目なのかもしれない。
建物の復興はめどが付いた。災害に強くする区画整理は兵庫県内で残り1カ所。つめ跡を思わせる風景は見当たらなくなった。
時間がたつにつれて見えてきたのは、人に対する復興対策の立ち遅れだ。
被災時のけがが原因で後遺症を抱えた「震災障害者」は、その典型だろう。医療機関の混乱で治療が尽くせなかった。行政の目配りも遅れ、支援の手も届かなかった。家具で頭を打ち、脳の機能障害が見つかるまで5年以上たっていたケースもあるという。
孤独死などの優先課題に行政が追われた事情もあろう。しかし、当時の重傷者1万人余りの実態はまだほとんどつかめていない。
親を失った「震災遺児」や「震災倒産」の追跡調査の必要性を指摘する専門家もいる。
家族や働き場をなくしたことで住まいを奪われる。健康を損なう。進学や就職の希望まで失ってしまう。そんな悲劇の連鎖を生んでいるとしたら…。震災は今なお続いているのである。
復興の対象は公共インフラに限らない。一人一人の住民の人生や、伝統行事など地域にかけがえのないものの立て直しも欠かせない。そううたう「災害復興基本法」の試案が示された。震災10年目に設立された関西学院大の災害復興制度研究所によるものだ。
コミュニティーの再生などにも使える復興交付金制度の創設も盛り込んでいる。法案は全国の都道府県に配るという。市民レベルで読み込めば、身近な地域を見直す手掛かりになるのではないか。
広島県は、市町村合併を全国を上回るペースで進めた。学校や支所、病院の統廃合も相次ぐ。いざというときに頼りとなる防災拠点が遠くなった。
行政頼みでは救えない人が多く出るとすれば、「共助」の備えが欠かせない。ところが、そのコミュニティーの足腰が、都市部はもちろん過疎・高齢化が進む中山間地域でも弱っている。
それは自主防災組織の立ち上がりの鈍さにも表れている。県内の組織率は70・5%。全国平均を3ポイント下回る。
そうした弱点を補うために、被災状況を想定し、わが家や地域の復興計画まで自ら練っておくことを勧める防災の研究者もいる。
どこにどんな人がいて、避難の際にはどんな助けが要るのか。生活や地域を再建するにはどんな手だてがあるのか。事前に考えておけば、手も打ちやすい。
人々の顔が見え、地域の防災力を高めていく営みだろう。大震災に学んで、備えたい。
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