池田信夫 blog

Part 2

September 2007

2007年09月11日 23:15

Cool It

おなじみロンボルグが、地球温暖化について論じた本。基本的には、前著"Skeptical Environmentalist"の温暖化についてのダイジェストみたいなものなので、前著を読んだ人は読む必要はないが、この大著を読むのはしんどいとか、温暖化以外には関心がないという人にはいいだろう。

彼が強調するのは、地球温暖化があまりにも政治的に利用されているということだ。たしかに温暖化は起こっているし、その原因の一部が人間の活動だということは間違いないが、同様のグローバルな問題は他にもあり、そのいくつかは温暖化より明らかに深刻で緊急だ。それなのに、サミットなどで温暖化問題だけが「人類の課題」として強調されるのは、それがどこの国にとっても政治的に安全で、大衆受けする問題だからである。

京都議定書を実施するコストの1/3で、2.29億人が餓死するのを防ぐことができ、350万人がエイズで死亡するのを防止でき、マラリアを絶滅できる。農産物の輸出補助金を廃止するだけでも、途上国に2.4兆ドルの援助を行なうのと同じ効果がある。京都議定書が完全実施された場合にもこれらの問題に間接的な効果はあるが、たとえば餓死については1/100以下の効果しかない。

奇妙なのは、地球温暖化よりも明らかに費用対効果の高い飢餓や感染症などの問題が、なぜサミットなどの場でほとんど議論されないのかということだ。著者は、それをメディアのバイアスと政治家のポピュリズムに帰している。アフリカの子供が飢えているとかマラリアにかかっているとかいう話は、ニュースとして新味がないし、自分たちに関係ない。それに比べて、地球温暖化は「近代文明を問い直す」とかなんとかサロン的な話題になりやすいcoolな問題だ。

要するに「大事な問題」より「おもしろい問題」が大きく報じられるメディアのバイアスが政治的なアジェンダを決めてしまい、数兆ドルの効果のはっきりしない公的投資が全世界で行われようとしているのだ。これは当ブログでも何度か指摘したように、人々が感情で動く動物であるかぎり避けられないことではあるが、その種の愚挙としては史上最大の規模だろう。

追記:当ブログでも紹介した日本版ロンボルグ(?)武田邦彦氏の続編も出た。中身はロンボルグの本と大差ないが、こういう本が1冊でも出ることは、世の中の「頭を冷やす」のにはいいだろう。
2007年09月11日 13:54
経済

今年のノーベル賞予想

トムソン・サイエンティフィック恒例の「今年のノーベル賞予想」によると、物理学賞の有力候補に、日本人では飯島澄男氏と戸塚洋二氏が候補に挙がっているそうだ。この妥当性はよくわからないが、経済学賞(正確にはスウェーデン銀行賞)の候補は
  • Helpman/Grossman
  • Wilson/Milgrom
  • Tirole
この3組の中では、周波数オークションを設計したWilson/Milgromがありそうだが、それよりも以前まで有力候補にあがっていたPaul Romerが先だと思う。最近、成長理論はたくさん論文の出ている分野だし、そこで必ず参照されるのがRomer(1990)だ。成長理論に1987年のSolow以来、賞が出ていないのもおかしい。
2007年09月10日 01:42

プリンセス・マサコ

副題は「菊の玉座の囚われ人」だが、なぜか背表紙にしか書いてない。いったん講談社から訳本が出ることになっていたが、宮内庁や外務省が抗議したため、土壇場で出版中止になった、いわくつきの本の完訳版だ。

・・・というから、どぎついスキャンダルが出ているのかと思えば、内容は日本人ならだれでも知っている出来事を淡々と綴ったもの。しいて違いをさがせば、父親(小和田恒氏)も本人も含めて結婚を拒否し、小和田家が結婚を祝福していなかったことがはっきり書かれていること、それに雅子様が「鬱病」であることは疑いないという複数の精神科医の話が書かれていること、また将来の選択肢の一つとして「皇室からの離脱」があげられていることぐらいか。

これに対して今年2月、宮内庁が書簡で異例の抗議をした。しかし「各ページに間違いがあるのではないか」と書いている割には、具体的な間違いの指摘は1ヶ所しかない。たしかに、そこで指摘されている「天皇家がハンセン病のような論議を呼ぶ行事にはかかわらない」という記述は誤りで、今度の訳本でも訂正されている。しかし、あとは天皇家の公務がいかに重要であるかを繰り返しているだけで、これは事実ではなく見解の相違にすぎない。

原著の記述を出版社が訳本で百数十ヶ所も削除しようとし、著者がそれに同意しなかったために出版できなかった、というのが表向きの経緯だが、これは明らかに宮内庁などの検閲だろう。しかし、どこにそんなに多くの問題があるのかわからない。小ネタとしては、たとえば秋篠宮が「情事を持った女性」が少なくとも2人いて、川嶋家がその情事の結果について「責任を取るように要求した」ため、皇太子よりも先に結婚することになった、というような日本のメディアに出ない(しかし世の中では知られた)エピソードもあるが、全体としては紳士的に書かれている。

一人の女性が宮内庁の「囚われ人」となって鬱病にかかり、それも外出もできない重い症状になっているというのに、周囲が心配するのは皇室の面子や跡継ぎのことばかり。鬱病が自殺の最大の原因だということはよく知られている。これは明白な人権侵害であり、場合によっては人命にもかかわる。メディアは宮内庁の異常な体質について客観的に報道すべきだし、政府はまじめに対策を考えるべきだ。その選択肢には「皇室からの離脱」も当然、含まれよう。
2007年09月06日 00:55
法/政治

著作物の登録制度

先週のICPFセミナーの白田秀彰氏の話は、まだ論文になっていないようなので、議事録を紹介しておく。彼の2階建て改革案は、簡単にいうと
  1. 1階部分、すなわち文化目的の作品は普通の著作権法で規制し、これとは別に2階部分の(仮称)制作組合法をつくる。これは商業作品に関わる各主体(隣接権者を含む)が、その経済的利益を最大化することを目的とする。現在、商業作品制作においてみられる「制作委員会」方式を法定化し促進する。あるいは作品そのものに法人格を与えて、株式会社と類似の運用を行う。
  2. 受益証券を売買する市場を創出することで、商業作品制作の資金調達・リスク分散・利益配分を市場機構を用いて行う。この場合、 取引の客体を確定する必要から有料の登録が必須となる。
  3. 創設されるのは、制度利用者の申請に応じて与えられる国の制度上の恩典であって権利ではないので、これを利用するかどうかは任意である。制度利用においては、登録更新を続ける限り、国の恩典付与が続くものとする。
  4. 作品の2次利用について、それを利用しようとする者と組合との協議が整わない場合、組合は法律の定める料率による使用許諾手続きに同意するものとする。
この案のポイントは、ベルヌ条約のおかげで自由に変えられない著作権法の縛りを逃れるために、著作権法とはまったく別の法律をつくるという点だ。しかし、これは恩典(オプション)なので、企業が自発的に著作権法ではなく「2階」を使うぐらい有利でなければならない。この点で、問題は4だろう。これは実質的な強制許諾であり、その料率が法律で決まるとなると、大ヒット作は「2階」に出てこず、『ハリー・ポッター』などは料率に制限のない「1階」で扱われるのではないか。この料率の決定が許諾権をアンバンドルする場合の難問で、包括ライセンスでもアポリアになっている。

これより簡単なのは、レッシグなども提案している単純な登録制度である。「登録制度は(無方式主義の)ベルヌ条約違反だ」などと嘘をつく人もいるが、ベルヌ条約は輸出入する場合に適用されるもので、国内で使う場合には問題ない。文芸家協会などがリップサービスとして提案しているデータベースも、「このデータベースに登録していない作品はパブリックドメインとみなす」という規定をつくれば、すぐ普及するだろう。

根本的な問題は、期限延長問題にみられるように、各国が競って著作権や特許権を強化する重商主義的な状況が生まれていることだ。これは一種の「囚人のジレンマ」なので、個々の政府にとっては権利強化が合理的な選択にみえる。こういう状況を克服するためには、かつてアダム・スミスが重商主義を批判して『国富論』を書いたように、保護貿易は世界全体としては非効率な結果になるということを明らかにし、「情報の自由貿易」の原則を確立する必要があろう。
2007年09月04日 23:56

CIAと岸信介

NYタイムズで20年以上、CIAを取材してきた専門記者が、膨大な資料と関係者の証言をもとに、その歴史を描いたもの。全体として、CIAが莫大な資金とエネルギーをつぎ込みながら、肝心のオペレーションではほとんど失敗してきた(最新の例がイラク戦争)ことが明らかにされている。日本についての記述は少ないが、第12章では、終戦後CIAがどうやって日本を冷戦の前線基地に仕立てていったかが明らかにされている。
CIAの武器は、巨額のカネだった。彼らが日本で雇ったエージェントのうち、もっとも大きな働きをしたのは、岸信介と児玉誉士夫だった。児玉は中国の闇市場で稀少金属の取引を行い、1.75億ドルの財産をもっていた。米軍は、児玉の闇ネットワークを通じて大量のタングステンを調達し、1280万ドル以上を支払った。

しかし児玉は、情報提供者としては役に立たなかった。この点で主要な役割を果たしたのは、岸だった。彼はグルー元駐日大使などCIA関係者と戦時中から連絡をとっていたので、CIAは情報源として使えるとみて、マッカーサーを説得して彼をA級戦犯リストから外させ、エージェントとして雇った。岸は児玉ともつながっており、彼の資金やCIAの資金を使って自民党の政治家を買収し、党内でのし上がった。

1955年8月、ダレス国務長官は岸と会い、東アジアの共産化から日本を守るための協力を要請した。そのためには日本の保守勢力が団結することが重要で、それに必要な資金協力は惜しまないと語った。岸は、その資金を使って11月に保守合同を実現し、1957年には首相になった。その後も、日米安保条約の改定や沖縄返還にあたってもCIAの資金援助が大きな役割を果たした。

CIAの資金供与は1970年代まで続き、「構造汚職」の原因となった。CIAの東京支局長だったフェルドマンはこう語っている:「占領体制のもとでは、われわれは日本を直接統治した。その後は、ちょっと違う方法で統治してきたのだ」
岸がCIAに買収されたのではないかという疑惑は、私も以前の記事で書いたように、昔からあったが、本書は公開された文書と実名の情報源によってそれを実証した点に意義がある。
遠藤農水相が辞任した。その原因は3年前の100万円あまりの補助金水増しで、辞任するほどの大事件のようにはみえないが、この問題の根は深い。象徴的なのは、会計検査院から2度も指摘を受けながら、返還していなかったことだ。つまり、この手の不正は、それぐらい当たり前なのだ。

私はかつて、「農民ひとりあたり補助金受給日本一」という愛媛県の農協を取材したことがある。その農協(豪華な高層ビル)は、二つの町の境界をまたいで建っており、すべての補助金を二重取りしていた。組合長は、いかに制度の裏をかいて補助金をだまし取るかのテクニックを自慢げに語ってくれた。補助金制度が、もう普通の人には理解できないぐらい複雑化しているため、役所にもチェックできないのだ。

この複雑怪奇で政治的利権のからんだ制度を「改革」することは不可能である。長谷川熙氏もいうように、農水省そのものをいったん解体し、ゼロからやり直すしかない。その方法は、具体的には次のようなものだ:
  • 農水省は廃止し、いまの大臣官房企画室などごく一部の機能をもつ「農業政策庁」を設置する。現在の職員はいったん解雇し、なるべく多くの民間人を採用する。
  • 農業政策庁の機能は、農業のグローバル化に対応した食料の安定供給と安全確保である。そのためには、オーストラリアやカナダなどの農業国とのFTAやEPAの締結を積極的に進め、穀物・食肉などについて品質管理も含む長期契約を結ぶ。
  • 現在の農地の集約や中核農家の養成、雇用対策などの業務は、すべて地方自治体に移管する。
  • 水産庁は独立させ、林野庁は廃止する。林野行政は環境庁に移管する。
これが長谷川案だが、私はGDP比で1%にも満たない農業を独立の官庁で所管する必要はないと思う。かつてNHKにも「農林水産番組部」というのがあって「明るい農村」という番組を長年やっていたが、農業の衰退にともなって「農林水産産業部」となり、「科学産業部」、最後は「サイエンス部」になって農業番組というジャンルは消滅した。同様の発想でいえば、農業は経産省のどこかの「課」にするぐらいが妥当なところだろう。最終的には、経産省も廃止することが望ましい。

追記:4日の朝日新聞で、この種の問題を分析した名著『補助金と政権党』が紹介されているが、その著者、広瀬道貞氏は今、民放連の会長として地デジへの補助金を総務省に要求している。
2007年09月01日 18:42
経済

食料自給率という幻想

松岡利勝の記事のコメント欄で、食料自給率をめぐって論争が続いている。特に先月、農水省が日本の自給率(カロリーベース)が40%を割ったと発表したことで、民主党が「自給率100%をめざす」などと騒いでいる。

しかし、この問題についての経済学者の合意は「食料自給率なんてナンセンス」である。リカード以来の国際分業の原理から考えれば、(特殊な高級農産物や生鮮野菜などを除いて)比較優位のない農産物を日本で生産するのは不合理である。そもそも「食料自給率」とか「食料安全保障」などという言葉を使うのも日本政府だけで、WTOでは相手にもされない。

食料の輸入がゼロになるというのは、日本がすべての国と全面戦争に突入した場合ぐらいしか考えられないが、そういう事態は、あの第2次大戦でも発生しなかった。その経験でもわかるように、戦争の際に決定的な資源は食料ではなく石油である。その99.7%を輸入に頼っている日本が、食料だけ自給したって何の足しにもならない。それより1993年の「コメ不足」騒動でも明らかになったように、普段から輸入ルートを確保しておくほうが供給不足には有効だ。

1960年には80%もあった自給率が半減したのは、単なる都市化の影響ではない。最大の原因は、米価の極端な統制だ。コメさえつくっていれば確実に元がとれるので、非効率な兼業農家が残り、コメ以外の作物をつくらなくなったのだ。こういう補助金に寄生している兼業農家がガンなので、民主党のようにまんべんなくばらまくのは、もってのほかである。所得補償をやるなら一定規模以上の専業農家に限定し、米価を含む農産物価格の規制や関税を全廃し、兼業農家を駆逐する必要がある。

所得補償は、従来の輸出補助金などよりましな政策としてWTOでも認められているが、それは生産補助金であってはならない。したがって「所得補償で自給率を向上させる」という民主党のマニフェストは、WTO違反である。このように先進国が補助金を出して途上国の農産物の輸出を妨害していることが、彼らの経済的自立を阻んでいるのだ。役に立たない開発援助よりも、先進国が協調して農業保護を廃絶するほうが途上国にとってはるかに有効だ。これが今やWTOのもっとも重要な役割である。


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