自分が死んだら、病気で苦しむ家族に臓器を提供したい。そうした気持ちに配慮した「親族への臓器優先提供」が日本で可能になった。
昨年7月に成立した改正臓器移植法の一部が17日に施行され、ルールが変わったためだ。
家族にあげたいのは人情だという意見は多いだろう。しかし、移植医療の大原則は「公平性」である。世界でもまれなルールは、大きな目で見ると、よりよい医療の妨げにならないか。懸念が残る。
昨年の法改正の議論では、脳死となった人の臓器を摘出・提供する際に、「本人同意」の原則を撤廃するかどうかが焦点となった。親族への優先提供も大きな変更点だったが、全体に議論が不十分だった。課題を積み残したまま、「本人同意」は不要となり、親族優先も盛り込まれた。優先提供以外の施行は7月だ。
改正臓器移植法は優先提供できる相手を「親族」としている。「親族」の範囲は、厚生労働省が作成した運用指針で「親子と配偶者」に限定された。通常の養子や事実婚の夫婦は対象にならない。
範囲の限定は必要だが、誰に優先権を与えるかは生命にかかわる。その重要課題を、行政の決定にゆだねた点には疑問が残る。
親族優先規定は家族を助けたい人の自殺を誘発する恐れもあり、指針は自殺者からの優先提供を認めなかった。当然の措置だが、規定を知らずに自殺者が出る心配もある。
提供者と患者の親族関係の確認も慎重さが求められる。誤りや虚偽があれば移植医療の信頼性が揺らぐ。
さらに問題なのは、死体移植の根底にあった「公平」の原則が崩れることだ。
これまで、脳死でも心臓死でも、死体移植の場合は、登録患者の中から医学的な緊急性や待機期間の長さなども加味し、優先順位を決めてきた。優先提供を受ける親族は、こうした順位を飛び越すことになり、納得のいかない人もいるだろう。
生体移植はこれまでも親族優先で実施され、家族間の葛藤(かっとう)も生じている。その考え方を死体移植にまで広げ、移植医療全体を「親族優先」とすることが、本来の姿だとは思えない。
世界的にも、提供者の意思で優先提供できる国は他にない。韓国には待機リストに親族がいると優先されたり、第三者への提供が親族の優先順位を上げる仕組みがあるが、制度設計が日本とは異なる。
親族優先規定に利点があるとすると、移植医療に関心を持ち、第三者への提供まで考える人が増える可能性があることだろう。こうしたプラス面とマイナス面の検証を続けていくことが今後の課題だ。
毎日新聞 2010年1月18日 東京朝刊