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【社説】

「民生向上」と言うが 週のはじめに考える

2010年1月18日

 北朝鮮は、ことしの最優先課題に「民生向上」を掲げました。経済制裁や権力世襲など、内外に山積する難題を抱えながら、実現できるでしょうか。

 「金正日同志は氷点下三〇度の酷寒の中で…」「絶え間なく降り注ぐ雪を浴びつつ…」

 北朝鮮メディアは、金正日総書記の年明けの現地指導が発電所工事現場や鉱山など民生部門だったと強調しています。

 「(労働)党創建六十五周年の今年、軽工業と農業に拍車を掛け人民生活で決定的転換を」

 元日の「労働新聞」など三紙の共同社説のスローガンです。

 デノミで混乱招く

 金総書記の治世になって十五年余、毎年の施政方針はこの形で示されます。従来も同様の文言はありましたが、「民生向上」を最優先課題に掲げたのは初めてです。

 北朝鮮は、故金日成主席の生誕百年に当たる二〇一二年の「強盛大国」建設が大目標です。

 あと二年、「政治・思想と軍事的な面では強国に上り詰めた」が経済とくに人民生活は程遠いというのが自己分析です。

 このままでは、金総書記が描く独裁体制を確立して、権力世襲を実現する環境が整わないと判断したようです。

 長い間、食糧難や人権抑圧に苦しんできた人々の生活向上は望ましいことです。問題は、実現できるかどうかにあります。

 注目すべきは昨年十一月からのデノミネーション(通貨呼称単位の変更)です。これまでの百ウォンを一ウォンに変えました。

 しかし、新札への交換の上限を厳しく定めたため、たんす預金は紙くずに。一方で賃金はこれまでと同じ額を保証するなど一貫性がなく、一時金も支給しましたが、混乱が起きているようです。

 軍事に巨費を投入

 「社会主義経済の管理原則と秩序を強固なものにする」

 政府はインフレ抑制や賃金保護のためと説明していますが、要するに統制の強化です。

 〇二年の改革で、「市場」を限定的に認めました。配給制度が崩れ、物不足が進む中、闇市場も含めて、人々が衣食を調達する生き残りの仕組みとして全国に広がっていったのです。

 やがて商売で小銭や外貨をためる層が生まれ、商品は中国産がほとんど、物価なども当局の統制が利かなくなっていました。

 このままでは、独裁体制に悪影響を及ぼすと、今回の強硬策となり、市場をその“元凶”とみて厳しく規制しているようです。

 市場規制と同時に、配給を再開したといいますが、いつまで続くか不明です。

 それに、物資の供給を増やさないまま、貨幣をいじれば、物不足に拍車を掛けインフレは必至、すでに始まっているようです。

 もともと、この国の経済の疲弊には構造的な要因があります。

 金総書記関連と軍関係の予算を最優先し、核とミサイル開発に巨額の資金、資材、人材を集中させてきました。いわゆる「軍事優先政治」が経済とくに軽工業や農業の衰退を招いているのです。

 昨年は生産拡大のための総動員「百五十日戦闘」「百日戦闘」を展開しましたが、資材や電力不足のままでは限界があります。

 もう一つ、経済立て直しの障害は国際的な経済制裁です。国連安保理決議に基づき厳しく適用されタイでは大量の北朝鮮製武器が密輸で摘発されました。

 今年の「共同社説」は、珍しく対米、対韓非難を控えて対話による関係改善を求めています。先週には米国に平和協定締結の協議を呼び掛けました。

 さまざまな思惑がありそうですが、米国主導による制裁解除、韓国のカネや肥料などの現物援助が経済再生に必要だからです。

 しかし、米国も韓国も、制裁の原因となった核開発の放棄なしには動かない、と慎重です。

 「わが人民が白米に肉のスープを食し、絹の服を着て瓦の屋根の家に住むようにすべきだ」

 故金日成主席が繰り返し口にした社会主義朝鮮の目標でした。今年、労働党創建六十五周年を強調していますが、いまだに「絵に描いたもち」です。

 金総書記はあらためてこの目標を「遺訓」として引用し「絶対に貫徹しよう」と誓ったそうです。(九日付「労働新聞」)

 やはり「核」がカギ

 北朝鮮が本気で民生安定を実現しようとすれば、軍需優先政策の転換と周辺国の協力が不可欠。それにはまず核放棄が大前提になります。周辺国はこのあたりも注視しながら、対北外交を展開することになりそうです。

 北朝鮮も今冬は厳寒に見舞われているようですが、「人民」にもこの地域にも春が来るには、まだ時間がかかりそうです。

 

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