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社説

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中国ネット検閲―被害者は中国の人々だ

 1989年の天安門民主化運動の際、鎮圧に出動した人民解放軍の戦車に立ちはだかった一人の男性を写した有名な映像がある。中国では公開されていなかったが、世界でネット検索最大手である米グーグル社の中国語サイトで見られるようになった。

 グーグルは中国政府が望まない情報を削除してきた。それが、当局の監視強化や、個人メールと大企業に対する組織的とみられる激しいハッカー攻撃を理由に自主規制をとりやめたのだ。

 ネットの安全や検閲からの自由を求めて中国側と交渉し、結果しだいで中国市場から撤退する可能性も示唆した。米政府はグーグルを支持。中国政府は自らの手法が「国際規範に合致している」と従来の主張を繰り返した。

 中国のネット検索市場でのシェアが1割強にすぎないグーグルが撤退を取り繕うため中国側を非難した、という冷めた見方が一部にある。

 だが、撤退でもっとも損をするのは、4億人に近い中国の利用者だ。8割近いシェアを誇る中国の検索最大手「百度(バイドゥ)」が市場をほぼ独占してしまえば、得られる情報は限られてしまう。

 中国のネット上にはグーグル支持の書き込みが相次いでいる。メディアが当局の管理下にあり、結社の自由は建前の中国で、ネットは個人の考えを発信する主な舞台であり、人々をつなぐ場としても大きな役割を持つ。

 だからこそ、中国当局はネットが体制批判の温床になりかねないと恐れるのだろう。海外とのネット接続は政府系の通信会社が統制してきた。近年は数万人ものネット監視体制を築き、規制を強めてきた。

 ポルノ情報の排除を名目に、ネット検閲規制ソフトの搭載を求めたのも、こうした監視強化策の一環だったとみられている。

 一方、利用者側も検閲をすり抜けるソフトを開発したり、隠語を使ったりして静かに巧みな抵抗を続けている。

 経済のグローバル化が進むなかで、情報の自由な往来を止めることは、国民の知る権利を侵害し、民衆の持つエネルギーを封じ込めてしまうことで、経済発展の障害になる。改革開放政策の成果も損なわれよう。

 中国政府が「13億人市場」をたてに表現の自由や人権問題で自己流を押し通せると考えているとすれば、危うい限りだ。中国脅威論や異質論が世界に広がり、損をするのは中国だ。

 ネット空間を情報が自由に行き交い、世界の人々が交流を深める時代に、中国だけが背を向けて通れるわけがない。検閲なしでネット検索できる環境なしには、自由貿易や東アジア共同体も絵に描いた餅で終わる。

 日本は発展する中国に関与し、大国としての役割と責任を求めてきた。さらに粘り強く働きかけていく時だ。

日独協力―核軍縮にルネサンスを

 自国に配備された米国の核兵器の撤去を求めていく。ドイツの自由民主党(FDP)党首であるベスターベレ氏は、昨年9月の総選挙でそう公約した。「核のない世界」をめざすと強調したオバマ演説を受けて、「軍縮のルネサンスを」とも訴えていた。

 総選挙の結果、メルケル首相率いるキリスト教民主同盟(CDU)と連立政権を組むことになった。連立合意の中でも、今後の北大西洋条約機構(NATO)での論議を踏まえながら、との前提つきではあるが、やはり核撤去を模索する方針が盛り込まれた。

 連立政権で外相に就任したベスターベレ氏が来日した。岡田克也外相と会談し、核ゼロに向けて非核国の日独がリードしなければいけない、との認識で一致した。

 日独の協力の意味は大きい。

 米ロは今、第1次戦略兵器削減条約の後継条約づくりを急いでいる。両国のさらなる核削減は世界にとって重要な一歩だ。その成否は今後のNATO戦略をも大きく左右する。

 NATOの中で米国の核はドイツ、ベルギー、トルコなどに配備されているとされる。まだ成立の見通しはないが、ベルギー上院には核の製造、貯蔵、移送などの禁止法案が出されている。NATOは今年中に「新戦略概念」をまとめる計画で、核配備問題をどう考え、いかにロシアと安定した関係を保っていくかが大きな焦点だ。

 日独がまずすべきことは、米国や他のNATO加盟国に対し核の役割を大幅に減らすよう説得に力を入れることだ。NATOの核戦略を修正し、ロシアとの新たな関係を構築することは、将来的に英仏も含めた多国間の核軍縮への道をひらく土台にもなる。

 米国は、今後約10年の核政策の基礎となる「核戦略見直し」を3月1日までにまとめる方針だ。オバマ大統領は核兵器の役割低減を重視するが、国防総省内には異論もある。オバマ演説の精神を政策に結実させるうえで、同盟国からの支持は欠かせない。

 核問題では日豪も、核廃絶への提言をまとめた国際賢人会議を設置するなど、連携を強めている。北東アジアの日本、欧州のドイツ、南太平洋の豪州が、同盟国である米国に核の役割低減を歓迎する意を示せば、オバマ大統領の強い味方となる。それがNATO戦略の見直しにも反映されよう。

 核兵器にできるだけ頼らない地域安定のための安全保障、軍備管理の枠組みづくりでも、日独豪が米国と緊密に連携しつつ、積極的に提案すべきだろう。北朝鮮やイランの核問題の打開策でも知恵を絞っていく必要がある。

 次の10年が軍拡でなく軍縮の10年となるよう共に貢献したい。ベスターベレ外相はそう語った。政治的意思を成果につなぐ果敢な外交が求められる。

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