失われたGDPを取り戻す秘策:若田部昌澄

Voice2010年1月17日(日)13:00

 事態は急変している。12月20日のデフレ宣言以来、政府は日銀との対話を活発化させ、日本銀行は、鳩山由紀夫総理大臣と白川方明日銀総裁が会見を行なう前日の12月1日に臨時金融政策決定会合を開催、追加的金融緩和を決めた。

 はっきりいって、この追加的金融緩和は短期資金の供給が中心であり、ほとんど効果はないだろう。その証拠に決定直後には少し安くなった円も、再び高くなりはじめている。けれども、政府と日銀がデフレについての認識を共有し、望ましい政策について協議をしはじめたことは喜ばしい。

 問題はこれからである。これからの動きを考えるうえで、経済政策の基本を振り返っておくことが便利だ。経済政策の基本は、3つにまとめて考えるのがわかりやすい。

 第一に、経済成長だ。やはり経済成長は大事だ。全体のパイが拡大しないなかで、その切り分けだけを考えても、最後はおやつを奪い合う子供の喧嘩のようになりかねない。

 ちなみに、よく江戸時代を引き合いに出して、ゼロ成長ないしは定常社会の例とする論調が見受けられる。あたかも経済成長がなくてもよい社会が可能であるかのようだ。けれども歴史をひもとくかぎり、これほど誤解を招きやすい議論もない。日本経済史では、江戸時代は明治以降の近代化の基盤を形成した成長の時代だったというのが定説になっている。その原動力はさまざま指摘できるものの、徳川幕府の下で平和が維持され、そして偶然にも税金が低かったことが大きい。税金が低かったのは、農民の抵抗によって既存田畑での収量検査(検地)が行なわれず、作れば作るほど収入が増えたからである。

 第二に、景気安定だ。今回の危機のように、名目でみた国内総生産(GDP)が急激に減少するのは、どうみても供給側の問題ではない。需要不足が原因だ。このような急激な需要不足に対しては政府・中央銀行がきちんとした対応をとらなければならない。

 そして第三に、所得再分配だ。格差について対応すべきかどうかは異論があるだろうが、貧困問題を放置することは経済からも社会統合の観点からも望ましくない。ことにこれだけ急激な需要不足は、貧困層を直撃している。迅速な対応が必要だ。

 これらの3つの目標のあいだには依存関係があり、3つの目標をできるだけバランスよく同時に追求することは経済政策の基本である。そこで提唱したいのは、景気安定を軸としながら、ほかの2つの政策にも配慮したパッケージである。具体的には一定の国民生活安定目標値を掲げ、その実現に政府と日銀が一体となって取り組むことを提唱したい。

 まずその規模である。現在の日本の名目GDPは、直近のピーク時から下がり、約470兆円にまで下がってしまった。これは18年前の水準である。今度の危機で失われた額は、控えめに見積もっても50兆円くらいに及ぶ。

 そして名目GDPは国民の得る収入、所得にだいたい対応する。昨年のボーナスがほぼ20年前の水準にまで下がってしまったことは、偶然ではない。失われた名目GDPを奪還することで国民の懐を豊かにする。これが最低限の目標である。

 次に、これを取り戻すのに明確な期限を設ける。私としては、名目GDPを5%成長させる目標を最低2年間継続することを提唱したい。これでだいたい50兆円くらいを埋めることができる。

 目標を決めたあとは、政府と日銀の密接な協力が必要不可欠である。これまでの経験から、財政だけの単騎出動は討ち死にのリスクが高いだろう。円高が進み、最後は元の木阿弥になるからだ。だから財政と金融が一緒に出て行くことが大事である。

 とはいえ、金利も低く金融緩和の手段に乏しいという意見もあるだろう。そこで財政支出と組み合わせる。たとえば年間25兆円の財政支出を政府が決め、その財源として危機対策特別国債を発行する。その国債は日銀が直接引き受けをすればよい。

 ただし、財政支出といっても従来型の公共事業はやめたほうがよいだろう。先の政権の補正予算でもかなり無駄な事業が計上されてしまった。それよりも、貧困層への給付、子供の貧困への手当、あるいは社会保険料の徴収免除などがありうる。これに諸外国並みの法人税水準への減税を加えてもよいかもしれない。

 この政策は一石三鳥である。すなわち、景気安定政策というだけでなく、経済成長率を前面に押し出すことで経済成長重視を訴えると同時に、かつ財政支出を貧困層に手厚く支出することで所得再分配にもつながりうるからだ。

 もっともこういうと、いろいろと異論が出てくるかもしれない。いわく、いまの景気の落ち込みをすべて政策で補うことはできない、いわくそれは財政法で禁止されている、いわくそんなことをすればひどいインフレになってしまう、いわく2年後はどうなるのか、などなど。

 こうした疑問についてはこう答えたい。現在の急激な所得の縮小を放置しておく必要は、まったくない。危機にあって諸外国は大胆な政策を採っている。それにわが国が遅れる必要はない。むしろ危機にあっては、大胆な者に幸運の女神は微笑みかける。インフレが心配ならば別途、物価上昇率の上限を政府が定めてやればよい。

 また、日銀の直接国債引き受けを禁じた財政法第5条は、但し書きで、特別な理由がある場合には国会の議決の範囲内で直接引き受けは可能であるとしている。2年後が心配ならば、その後も一定の経済成長目標を掲げればよいだろう。

 最後は政治の決断である。政治家が国民生活を守る英断を下すことを期待する。

 

 2010年2月号のポイント
鳩山政権100日が過ぎ、政権への不信感が高まっている。2010年の日本政治は風雲急を告げそうである。そこで今号の総力特集では、「鳩山政権」を多角的に検証した。冒頭、前原国土交通大臣が「政治主導を貫く闘い」を熱く語り、中西輝政氏は「小沢一郎の大罪」を喝破。渡辺喜美氏と中川秀直氏は「逆改革」の酷さを糾弾している。また、舛添要一氏ら自民党のキーマンたちが持論を展開するなど、2010年の政治情勢を読み解くヒントが満載。第二特集では“デフレ地獄・脱出の処方箋”を示す。
詳細は、下記のリンクから「特設サイト『Voice+』へ
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