脳の底の部分(脳底部)には主要な動脈が何本も走っています。これらの動脈が分岐するところにはコブ(脳動脈瘤)ができやすく、この脳動脈瘤が破裂したものがクモ膜下出血です。クモ膜とは脳の表面を覆っている薄い膜で、動脈瘤は脳とクモ膜の間(クモ膜下腔ー下図)に発生するため破裂するとクモ膜下腔に勢いよく血液が広がります。一般的には、クモ膜下腔に血液がある状態をクモ膜下出血といいます。したがって、脳動脈瘤以外にもクモ膜下出血の原因はいろいろあります。しかし、脳動脈瘤の破裂によるクモ膜下出血が一番多く、また重要なので、ここでは脳動脈瘤によるクモ膜下出血について説明していきます。
典型的な症状は「突然ハンマーで殴られたような」後頭部の激痛です。大事なポイントは、「突発する」「頭痛」ということです。頭痛の部位は後頭部が多いのですが、そこに限らず頭部のどこでにでもみられます。眼の奥の痛みや頚部の痛みのこともあります。頭痛の程度も意識がなくなるような激しいものから、「風邪を引いたかしら」といった程度の軽いもの(頭部の不快感)まで様々です。そして、頭痛や頭部の不快感は通常数日間は続きます。しかし、これらの症状は人によってはすぐになくなってしまう場合もあります。したがって、頭痛の部位や程度からだけでは、クモ膜下出血と判断するのは困難です。また、頭痛のないクモ膜下出血もあります。その場合は、「一瞬フッとなる」、「めまいがする」、「気分が悪い」といった症状があります。その後、頭部の不快感が続きます。いずれにせよ、突然にこれまで経験したことのないような頭痛が来た場合は要注意です。すぐに近くの脳神経外科を受診してCT検査を受けて下さい。
警告頭痛:激しいクモ膜下出血の発作の前に、1日程度でおさまってしまい、あまり深刻(重症)だとは認識されない頭痛がみられます。この頭痛は出血発作の6〜20日前にみられることが多く、警告頭痛と呼ばれています。 クモ膜下出血をおこした人の30〜60%にみられるようです。
一旦クモ膜下出血になった場合、その死亡率は約30〜45%であると言われています。また、植物状態になったり、マヒや失語といった後遺症に悩む人も多くいます。オーストラリアのDr.Dorsh が1960年以降に世界中で報告された32,000例以上のクモ膜下出血患者を調べたところ、これらの後遺障害が残った割合は34%でした。回復が良好で社会復帰したものはわずか36%でした(1994年の報告)。
クモ膜下出血の予後が悪い原因はいろいろありますが、主なものは、@ 初期の脳損傷、A 再出血、B 脳血管攣縮、C 手術合併症 の4つです。
@ 初期の脳損傷(primary brain damage):動脈瘤には太い動脈から動脈血が入ってきているため、破裂と同時に血液がクモ膜下腔に急激に広がり頭蓋内圧が亢進します。破裂の勢いが強いと脳内にまで出血が広がることもあります。そして、時間とともに脳は水分を多く含むようになって腫れて来ます。これらもまた頭蓋内圧を亢進させます。頭蓋内圧亢進が高度になると、脳の血管では高くなった頭蓋内圧に逆らって十分な血液を脳に送ることができなくなり、脳のさまざまな機能がなくなっていきます。例えば、意識が悪くなって昏睡になったり、呼吸が不規則になっていきます。頭蓋内圧亢進がさらに高度になると瞳孔が開き、やがて呼吸が停止します。クモ膜下出血の症状は脳だけに限りません。さまざまな不整脈がみられたり、呼吸障害(肺水腫)がでたりします。これらも死亡原因となります。これらの障害は最初の出血に伴うもので初期の脳損傷といいます。初期の脳損傷のために、手術に至らず死亡する人も相当います。
A 再出血(rebleeding):再出血は破裂した当日に一番多く、2週間で約20%、半年では約50%に再出血がおきるといわれています。再出血がおきると脳はさらに障害されていき、大抵の場合、意識障害が進行していきます。従って、死亡率や後遺症を残す確率は当然高くなります。再出血がおきた場合の死亡率は60〜70%にもなるという報告もあります。再出血は動脈瘤のクリッピングやコイルを用いた動脈瘤塞栓術で予防できます。
B 脳血管攣縮(cerebral vasospasm):では、クリッピングや塞栓術で動脈瘤を処理してしまえばそれで十分なのでしょうか?答えは「ノー」です。クモ膜下出血後には脳血管攣縮という不思議な現象がおきるからです。これはクモ膜下腔の血液が溶け出した時にできる物質が血管を収縮させるからだといわれていますが、詳しいメカニズムは不明で、確実な治療法もありません。脳血管攣縮はクモ膜下出血がおきてから4日目から約2週間目までにおきます。脳血管攣縮がおきるとマヒや失語がでたり、高度の場合は植物状態になったり死亡します。
C 手術合併症(surgical complications):クリッピングや塞栓術は必ずしも安全な手術ではありません。手術中に出血することもあり得るし、いろいろな合併症がおき、重篤な後遺症を残す可能性があるからです。
以上述べてきたように、初期の脳損傷、再出血、脳血管攣縮、手術合併症などのためクモ膜下出血の予後が悪いのです。
クモ膜下出血の予後は手術前の意識状態によって違います。手術前の意識がよければよい程、回復が良好で社会復帰できる人の割合が高くなります。国際共同研究による急性期手術例2922例の術前意識状態と6ヶ月後の転帰(予後)は以下の通りです(1990年の報告)。良好とは、回復がよく社会復帰したもの、軽度障害は、マヒなどがあるが日常生活で自立しているもの、重度障害とは、マヒや失語などが高度で他人の介助を要するもの、植物状態とは、寝たきりでかつ意思の疎通ができないものです。
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また、帝京大学脳神経外科などの日本の3病院における急性期1398例の術前意識状態ーグラスゴーコーマスケール(GCS)と6ヶ月後の転帰は以下の通りです(1999年の報告)。
術前意識/予後 良好 軽度障害 重度障害 植物状態 死亡 GCS 15 84.6% 1.5% 3.1% 7.3% 3.6% GCS 11ー14 62.3 13.8 8.1 2.9 12.9 GCS 8ー10 25.9 20.1 18.0 3.6 19.4 GCS 4ー7 18.3 20.0 14.8 13.6 37.3 GCS 3 3.1 9.4 15.6 9.4 62.5
通常まずCT検査が行われます。脳底部の脳槽(クモ膜下腔の広い所ー下図↑)やシルビウス裂(前頭葉と側頭葉の境目の脳裂ー下図↓)に出血を示す高吸収域(白い部分)が認められます。このホームページのタイトルページのCT像はクモ膜下出血のものです。CT検査で異常が認められない場合、腰に針を刺して脳脊髄液を調べる検査(腰椎穿刺)をすることがあります。CTで診断がつき次第脳血管撮影が行われます。脳血管撮影で破裂した動脈瘤の場所がわかります。動脈瘤は脳底部の血管分岐部に多くできます。その中で多いのは、内頚動脈ー後交通動脈分岐部、前交通動脈、中大脳動脈などです。精度のよいMRI を持っている施設では、MRAで血管撮影の代用をすることがあります。もちろん、検査結果を正確に読影できる医師がいることが前堤ですが。
クモ膜下出血のCT例
脳血管撮影例
中大脳動脈瘤
出血発作直後(発作から6時間程度まで)は血圧や脳循環の状態が安定しません。したがって、再出血の危険性があります。 又、意識障害が強く呼吸障害がある場合は移送すべきではありません。しかし、この時期が過ぎて、血圧や呼吸などのバイタルサイン(生命徴候)が落ち着けば移送は可能です。