亡くなった元新日本レフェリーの柴田勝久さん
元プロレスラーで、引退後も、アントニオ猪木が率いた団体「新日本プロレス」の名物レフェリーとして活躍した柴田勝久さんが16日、心筋梗塞(こうそく)のため死去した。66歳だった。
柴田さんは1943年12月4日、三重県桑名市出身。大相撲の朝日山部屋から66年に東京プロレス入団。日本プロレスを経て72年の新日本旗揚げに参加した。76年2月に引退し、翌年2月にレフェリー転向。猪木やタイガーマスクらが地上波放送のゴールデンタイムに躍動した“金曜夜8時”の黄金時代などで試合を裁き、99月6月には新日本で「レフェリー引退記念興行」が行われるほどの存在感を発揮した。
近年は三重県東員町で柴田道場を主宰。息子のプロレスラー柴田勝頼(30)が参戦した団体「ビッグマウスラウド」などでレフェリーを務めた。昨年10月、勝頼が出場した格闘技イベント「DREAM」の大阪大会には元気な姿を見せていた。
(2010年1月17日)