きょうのコラム「時鐘」 2010年1月16日

 想像しろ、と言われても36時間もバスに乗る苦痛は及びもつかない。東京―金沢を8時間で結ぶはずの高速バスがきのう、車中2泊の旅に巻き込まれた

雪による渋滞と通行規制。途方もない難儀からやっと解放された5人の乗客は、そろって「ありがとう」と口にし、バスを降りた。取材記者からそう聞いて、2度驚いた。怒りや不満はどこへ行ってしまったのだろう

バスはトンネルで長時間、立ち往生した。いら立ちが激しくなったはずなのに、「バスが雪に埋もれなくて良かった」と、乗客は語った。確かに、雪中の生き埋めはもっと怖い。「良いこと探し」の知恵は、苦痛は和らげる力を持つ

乗務員は、本社との連絡や差し入れの乾パンや毛布の手配などで、仮眠もままならなかったという。わが身より大変な労苦を背負う人を見れば、心に励ましのムチを打つことができる。強い心を持つ客と、奮闘を惜しまぬ乗務員。こんなバス「ホテル」なら、人生勉強のために1泊くらいはしたくなる

つらい時を共にして、だからこそ「ありがとう」と言葉が出る。人の世の情けは、まだまだ健在である。