2005/3/30
全ての情報が
17・3・30
3月10日の夜、平内の自宅(3月1日から住んでいる新居)に泊まったら、床についている私に、人の足音が近付いて来て、私は金縛りに掛かり、身動きが全く出来なくなった。そして、其の私の身体に、全ての情報が繋って来て、私の身体自体が全世界のサイトに成ってしまった。そして、壁には「悦子」と書いた紙が貼られていた。
余りにも、次から次へと、情報のチャンネルが繋がって来るので、息もし辛い状態になり、どうにかして、その状態から抜け出そうと考え、手を伸ばす事がようやく出来たので、電気を灯して、意識を普通の世界に戻した。
そして、少し楽になったので、再び電気を消すと、又、同じ状態が遣ってくるので、今度はテレビを点けて、意識が闇に溶け込まない様にした。
闇に溶けこむとは、四次元的世界の事であり、日本語で言うと「お陰様」の目に見えない神の世界の事である。
其の夜は、テレビが点灯している事で、三次元世界が身近に働いているので、何とか朝まで耐える事が出来た。次の11日の夜は、その続きが有り、今度は全方向からピンク掛かった緋色の糸に、玉が付いた物が中心に集まって来て、鉢の様に成っている。
其のネット状の窪みの中心に、今度は、1本の黄金の糸の輪・リングが掛かっており、其れにも、小さな黄金の玉が無数に付いていた。
私が、2日に亘り体験したその感覚は、三次元を結んでいる糸車の中心に、四次元のリングが掛かっていると謂える様な物であった。2つの、糸のネットワークは、密教的に説明すれば、緋色の多数の因縁の糸が「胎蔵界曼陀羅華(たいぞうかいまんだらけ)」で蓮華を意味し、黄金色の糸車のリングが「金剛界・こんごうかい」を意味し、その両方の糸(ネット)の中心が、「ビルシャナ・(大日如来)」の真理の中心である様に想える。
ピンクや、緋色は、物質の世界を示す色であるし、黄金の色は真理(智恵)の世界を示す色であるとも謂える。物質の世界の因縁と、真理である智恵の世界の因縁が、両方とも私の身体に集まり、繋がった様子なのだ。それは、釈迦牟尼佛陀に言わせれば「森羅万象(三千世界)の中心に 我が在り 一切衆生は皆 我が子なり」との世界であり、日本の神道では、天地一切の「御祖(みおや)、スメラのみこと」の働きの世界であると想われる。
3月1日から住む様に成った、此の平内の新居は、屋久島のまつばんだ交通の社長「藤山幸彦氏」の持ち家である。去る2003年1月2日に、藤山氏が私の安房の自宅に年始の挨拶に来て、色々話す内に「平内に家を買って 寺にしたいと想っているので 見に行こう。」と云うので、早速2人で見に行く事となった。
そして家に着き、家の中を見ると、台の上に蝋燭が立てて有るので、私は其の蝋燭に火を点して、両手を合わせ瞑目した。すると、私の頭の内に「仏が出る」との言葉が浮かび、この家が、佛の出現と関係が有る事が示されたのである。
其れから、此の家との縁は切れていたのだが、先月2月27日に久し振りに、安房の自宅に帰っていると、藤山氏が突然訪ねて来て、一年ぶりくらいに話をした。
その話の中で、平内の屋久島おおぞら高等学校が4月に出来上がる事を伝えると、「子供達に神様の話しを伝えなければならない。」と云うので、私は「子供達の 相手をする様に成るだろう」と云った。すると藤山氏は「それなら 平内の家が 学校に近いので 住む様に」と云うのである。
私は、自宅を近日中に壊さなければならないので、それは有難い事だと云うと、直ぐに家の鍵を車から出して来て私に渡して下さった。私は、その日の内に家を見に行き、3月1日から住む様に成ったのである。1昨年「佛が出る」と伝えて来た何者かが、3月10日の夜に、私の肉体に侵入した霊であり、其れが、久遠実成の永遠の佛陀であり、耳に聴こえた、近付いて来る足音の主だったのかもしれない。
私は、1997年の11月1日に、京都から島根県の出雲の地に引っ越した。そして出雲の地(私の意識の拡大)から、小さな無限に想える程の数の小芥子(こけし)の様な物が、日本と世界に向けて飛び去って行くのを霊夢の中で見せられた。その小芥子の様な物は、神の化身の現れの様に想えたのである。
それと同じ物が、1984年の12月に、出雲大社に参拝した時に現れている。其の時、出雲大社のお参りを済ますと、何かに誘われる様にして、社の横に有る道路を裏山の方に向かって歩いて行った。すると、社の裏山の中腹には別社が有り、私はその社にも祈りを済ましてから旅館に帰った。
すると、其の夜の霊夢に、別社の森から小芥子の様な小さな物が、一個だけヒョコンヒョコンと飛び跳ねる様にして近付いて来た。そして、私の所まで来ると止まって、私に、付いて来る様に手招きをする。私の意識は、自然に、其の小芥子の様な物に付いて行った。するとその小芥子は、出雲大社の柵や壁を通り抜けながら、奥の社まで辿り着いてしまった。私の意識は、自分の肉体から、白い蛇か龍の様な姿になり、後を付いて行き、一番奥の社の神を祭っている所に達すると、光の爆発の様に飛び散って消えてしまったのである。
私が、神の世界に入った1984年の12月から、1997年の11月迄は、13年の月日が経過している。84年の12月に、1個だけ迎えに来た物が、13年後には無限の数に増殖して、世界に拡散して行った事に成る。その神の分身の様な物が、神のコダマと成って、今後日本に帰って来るのだろうか。
神の役目を果たすべき者達が、世界から日本に遣って来るのには、しばらく時間が掛かるだろう。その前に、日本からの情報が、世界に向けて発信されなければならない。その情報発信源が、何処に成るのだろうか。其れは、私の身体を通して行われるのか、私にも分からない。もし、私の身体を通して其れが行われるとすれば、その理由は、働き盛りの人間が、37歳から全ての仕事を止めて、58歳迄の21年間全国を旅して、神の世界の情報を理解出来る様に成っているからである。
そして、全島が花崗岩の屋久島の山々は、神々の住まいと成っており、私の身体は、目に見える磯邉自適の肉体だけの存在でなく、神の回路の役目を果たしている事に成るのである。
「サイト(SITE)」とは、@用地・敷地。 Aインターネットにおいて、特定の情報を蓄積している、コンピューター又は、そのコンピューターを含むシステム全体、ワールドワイドウェーブでは、これらに対して統一的なアドレスを付与して、直接アクセス出来る様にしている。 と、広辞苑に載っている。
私の身体が、神の世界(四次元)のサイトと成っている可能性は高いのである。其のサイトが、新しい社会の概念と成り、これまでの宗教的価値観は、全て取り除かれるのではないだろうか。これまでの宗教は、人間と神を切り離して来た。ところが、神とは人間が脳で考え出した創造物であり、真実とは、自分の肉体こそが神の存在の証しであり、人間の知識や想念は、全部人間の脳が創り出した現象(もの)である理・ことが、理解されつつある。
そして、宇宙は巨大な大型コンピューター的存在であり、人間は其の端末に過ぎない事になる。しかし、端末の機器から情報を本機に送らなければ、巨大コンピューターであっても情報の蓄積は出来ない。それが、神と人間の関係性である。末端の機器である人間が死んでも、本機に送られた情報は残されて、積み上げられて行くのである。其れが、「ネバー・エンデイング・ストーリー」である。
「ブッダ(仏陀・覚者)」とは、其の巨大コンピューター(アカシックレコード)に、第三の目と呼ばれている松果体(シリコン)の周波数で、チャンネル出来た者の呼び名である。ブッダとは、宇宙の情報に直接繋がり、自然の「法・ダルマ」「道・タオ」に従い、情報の整理をする役割の者の名である。ブッダとは、この三次元に存在する時の呼び名だが、死後も霊界にて聖霊として存在し、四次元から三次元に働きかけ、次のブッダが誕生するのを手助けしているのである。
一人のブッダが、真理の情報を本機に送る事が出来れば、普通の人も、本機から自分の端末に情報を入手出来る事になる。それが、仏陀の衆生救済の新しい手段と成り得るのだ。
その為に、天はインターネット社会を人間に与えたのだ。一台の端末の機器は、もう動き出しているのだ。 人の手で持ち運べるノート型パソコンが、世界の意識を変える日は近い。それが、私に起きている現象なのである。
明日4月1日から5日迄、屋久島で催される「スピリチュアル愛ランド屋久島」の関係者が島に入り始める。いよいよ、新しき意識の確立が始まるのである。
2003年4月1日の文章「佳人の稲刈」に、その兆しは現れていた事が今日解かった。その事に気付いて文章を書き始め、この様な内容と成った。
「出雲大社(杵築大社)」の神は、縁結びの神様とされている。祭神は、「大国主命」と「素戔鳴尊」である。出雲から始まった、小芥子の姿の神々は、屋久島に何を運んで下さるのだろうか。
今回の催しには、出雲から8名が参加する。何が起きるのか、楽しみにして待ちたいと想う。
2005年3月30日
礒 邉 自 適

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