進路2010年 働く価値を取り戻そう

 昨年末に緊急窓口を開いた新潟市のハローワークを、職を失った人たちが次々と訪れていた。パソコンで求人情報を食い入るように見詰める姿は、深刻な大失業時代を映し出していた。
 働きたくても働く場がない。「社会はわたしを必要としないのか」。中年男性から切実な声が聞かれた。雇用の場を取り戻さなければならない。
 1年前、世界同時不況のあおりを受けて、大量の派遣労働者らが解雇された。住む場所さえも奪われ、行き着いた先が東京・日比谷公園の「年越し派遣村」だった。

◆埋まらぬ社会の格差

 「派遣切り」の嵐は収まったかには見える。だが、昨年11月の失業者数は前年同月より75万人増の331万人と、13カ月連続で増加した。失業率は5%台と高い水準にある。雇用情勢は一段と悪化しているのが現実だ。
 社会のあらゆるところに深刻な亀裂が入っている。正社員と非正規社員で拡大する格差の抜本論議は進んでいない。法律上は均等であるべきなのに、男女間の差別は根強い。産休、育休を取ろうとして、職を追われた女性が相次いでいる。
 今春、就職先が決まらないまま卒業する学生が多く出る恐れがある。高校生の就職内定率は昨年10月末で、6割にも達していない。バブル崩壊後の「就職氷河期」が繰り返されれば、社会の基盤が大きく揺らぐ。
 企業の経営見通しは依然厳しい。大手自動車メーカーは下請けに対して、納品の価格の引き下げを求めて圧力を強めている。
 景気回復への即効薬は見当たらない。しかし、国が雇用確保に向けた短期、中長期の道筋を掲げて、手を尽くさねば不況はさらに悪化しよう。
 政府は昨年末、成長戦略の基本方針を決めた。2020年度までの平均で、国内総生産(GDP)の名目成長率で3%超を目指す。雇用では、新規に計476万人分を創出する。環境、健康、地域活性化など6項目を重点的な戦略分野に位置付けた。
 方向性は妥当だろうが、絵に描いたもちに終わらせてはならない。問われているのは、全力を挙げて新たな内需拡大の道を切り開くという政治の意思と具体策の提示である。

◆環境で地域を活性化

 鳩山政権は、温室効果ガスの排出量を20年までに1990年比で25%削減するとした。ただ、その中身は固まっていない。経済成長と低炭素化社会の両立という困難な課題をどうクリアするのか。国民が今後どれだけ負担しなければならないのかも含めて、日本の将来像を明快に語らねばならない。
 環境ビジネスが経済をけん引するプラス面に期待したい。県内では、電機大手の東芝が、電気自動車などに使用される新型電池の工場を柏崎市に建設する。電気自動車を共同開発した地元企業も出ている。
 これらを結び合わせた新たなビジネスモデルを構築する官民の動きが活発化している。もの作りを得意とする本県の底力を全国に発信する好機である。地域が活性化すれば、雇用の創出にもつながる。

◆安心社会を築きたい

 福祉、医療の現場が人手不足に陥って久しい。農村集落が持続していくためには、若い人たちの力が必要だ。高齢化率が高く、多くの中山間地を抱える本県は、福祉、農業分野に活路があるのではないか。
 そこに人材を呼び寄せるには、働く場が輝いていなければならない。政府に求められているのは、労働条件の改善を促す強力なてこ入れである。自治体も知恵を絞るべきだ。
 働く価値を取り戻すには、非正規社員の使い捨てを認めてきた政策の転換が欠かせない。政府の労働政策審議会が、派遣労働の規制を大幅に強化する報告書をまとめた。これを基に厚労省は労働者派遣法の改正案をまとめる。法案成立を急ぐのは当然だ。
 だが、それだけでは根本的な解決にはつながらない。「同一労働同一賃金」の導入や雇用創出を目指したワークシェアリングの論議は、停滞したままだ。いつまでこの問題を先送りすればいいのだろう。政労使の協議を一層充実させていく必要がある。
 経済のグローバル化は、中国やインドなどの新興国を巻き込んで、新たな弱肉強食の時代に入ろうとしている。市場原理主義の過ちを繰り返してはならない。国際競争に負けまいとして、働く人をコストとしか見なさない社会は健全といえようか。
 働いてこそ、将来設計が可能となる。生きがいや安心の源ともいえる。個人と社会とを結び付けるのも、労働の喜びがあってのことだ。
 こうした当たり前のことを社会が共有する。それが消費を促し、不況脱却の足掛かりになる。この大切な原点を忘れてはならない。
 今年は公設の派遣村が都内で設置された。大勢の失業者が「入村」している。働きたいという願いがかなう、活力のある社会を早く取り戻したい。

新潟日報2010年1月4日