長考の末に、狙いの見えにくい一手を放った。北朝鮮外務省が発表した声明の印象である。これには金正日(キムジョンイル)総書記の指示を意味するとされる「委任により」という文言が付されており、公式の意思表示としての格が高い。それだけに注意深い対処が必要だとも言える。
声明のポイントは二つだ。まず、朝鮮戦争の休戦協定を平和協定に替えるための会談を「休戦協定の各当事国」に提案した。次に、北朝鮮への制裁が解除されれば直ちに6カ国協議が開かれる可能性も出てくるという見解を示した。
狙いが見えにくいというのは、いずれも新しい方針の表明ではなく、制裁解除といった無理な前提条件のために実現可能性も乏しい内容だからだ。実際、米国務省はこの声明を相手にせず「6カ国協議に復帰し、非核化に向けた措置を」と求めた。当然の対応と言ってよい。
休戦協定の平和協定への転換は、60年前に始まった朝鮮戦争を公式に終結させるという意味がある。しかし長年これを主張してきた北朝鮮に「在韓米軍撤退」や「米国が日本や韓国に提供している核の傘を外させる」という狙いがあることは歴然としており、交渉にならなかった。
北朝鮮が核廃棄を確約した05年9月の6カ国協議共同声明には「朝鮮半島の恒久的な平和メカニズムの確立について別途、交渉していく」との合意も含まれている。北朝鮮がこの共同声明を尊重し、核実験やミサイル発射でなく核廃棄の約束履行に動いていれば、平和体制の構築にも前進があったはずだ。
しかし北朝鮮は今回の声明で、これまでの合意が崩れたのは米朝間に信頼がなかったからだと主張し、平和協定締結のための会談を急ごうと提案した。核廃棄のプロセスよりも「休戦協定の各当事国」による交渉を先行させようというわけだ。
これには危険な意図が含まれているように見える。まず日本が排除されることは間違いない。「当事国」の条件を朝鮮戦争休戦協定への署名とすれば、韓国も外して米中朝の3カ国協議にできる。日米韓の結束を揺さぶるのに絶好の条件と言えよう。
現実には北朝鮮もこの提案や制裁解除要求が簡単に通ると思ってはいまい。「二度と絶対に参加しない」と断言した6カ国協議に復帰する大義名分として、「平和協定についても協議する」といった言質を米国から得られればよいのかもしれない。核武装推進のための時間稼ぎという可能性もある。
北朝鮮の真意がどこにあるのか、慎重な見極めが不可欠だ。これを見誤り、金総書記の思惑通りになる展開は何としても回避すべきだ。
毎日新聞 2010年1月13日 東京朝刊