昨年8月に始まった裁判員裁判は、昨年末までに全国で138件が審理された。順調なスタートとの評価が裁判官、検察官、弁護士ら法曹三者の間で定着している。
ただし、制度開始の昨年5月21日以後に起訴された対象事件のうち、裁判が始まったのは1割強にすぎない。被告が起訴内容を争う事件は、当事者が公判前に争点を整理する手続きに時間がかかり、多くが今年に持ち越された。裁判員裁判の真価が問われるのはこれからである。
裁判員の負担感が大きいのは、複数の殺人被害者がおり被告に死刑が求刑されることが予想される事件、殺人などの重大事件で被告が否認する事件などだろう。
法曹三者に、これらの裁判での万全の態勢を改めて望みたい。
最高裁が昨年、裁判員経験者を対象に行ったアンケートでは、被告が否認する事件は、認めている事件に比べ、審理が理解しにくいと感じた人の割合が高かった。評議時間が「足りなかった」との意見もあった。
迅速な審理はもちろん大切だ。だが、否認事件では丁寧な審理を心掛け、評議時間も十分に確保するよう裁判所は徹底してほしい。
今年は、メディアで大きく報道された事件の裁判員裁判も始まるとみられる。英国人女性の殺人と強姦(ごうかん)致死の罪などで起訴された市橋達也被告の裁判もその一つである。
市橋被告は、殺意を否認しているという。密室の事件であり、殺意の認定は難しい。予断は禁物だ。裁判員には、報道と法廷の審理を区別してほしいとまず呼びかけたい。
その上で、裁判所に注文したい。裁判員が法廷に出された証拠だけに向き合い、審理に臨むよう導くのは裁判所の役割だ。その点の説明を尽くしてほしい。制度上、先入観が強い候補者を裁判員に選任しないこともできる。場合によっては活用し、公平な審理を実現したい。
裁判で被告の有罪を立証する検察の役割も重要だ。昨年、足利事件と布川事件の2件の再審開始決定があったことを忘れてはならない。
布川事件では、検察が被告に有利な証拠を当初開示せず、再審決定が遅れた。証拠開示前の裁判などにかかわった裁判官は「開示されていれば結論は変わった」と述べたという。
裁判員が結果的にも冤罪(えんざい)に加担することがあれば、制度の信頼は根幹から崩れる。検察は心してほしい。
弁護士の役割も大きい。昨年起訴された事件の公判前整理手続きが終わり、今春以後、裁判のラッシュが始まるといわれる。後手にまわってはならない。検察の組織力に対抗し、法廷で充実した立証活動ができるよう研さんも積んでほしい。
毎日新聞 2010年1月12日 東京朝刊