日米安全保障条約は今年、改定50年の節目を迎える。鳩山由紀夫首相とオバマ大統領は昨年11月、これを機に日米同盟深化に向け「協議のプロセス」を進めることで合意した。
冷戦終結から20年が過ぎた。米国の一極支配は揺らぎ、中国の台頭などによる多極化時代を迎えている。日本にとっては核実験と弾道ミサイル発射を繰り返す北朝鮮の脅威が厳然と存在する。これら日本を取り巻く安保環境の変化に加え、01年の「9・11」以降、国際テロリズムが世界の安全保障の重要課題となった。
日米同盟が戦後日本の繁栄の礎となったことは間違いない。自由や民主主義など基本的な価値を共有する米国との関係を今後も維持し発展させることは、日本の国益に資する。鳩山政権も日本外交の基盤は日米同盟であると言明している。
14年前、日米安保は「アジア太平洋地域安定のための公共財」と再定義された。昨年、ともに政権交代を果たした日米両国が、共通の目標を確認し、そのツールとして「世界の平和・安定のための公共財」に再び定義し直すことは有意義であり、同盟関係深化の基本的な方向だろう。
ところが、この取り組みと「普天間」移設問題を切り離そうとした首相の意図とは裏腹に、普天間の先送りと迷走によって同盟深化の協議そのものが先延ばしになっている。
普天間をめぐる首相の言葉の軽さは、米国内に戸惑いを引き起こしている。引き続き鳩山政権の行方を見定めようとする比較的好意的な見方がしぼむ一方で、首相に対する不信や不安、失望、鳩山政権へのあきらめに似た脱力感が渦巻いたまま年が明けた、というのが実態だ。
不信やあきらめの意識が米政権全体を覆うことになれば同盟関係への影響は避けられまい。普天間問題がただちに日米同盟の崩壊に結びつくような議論は現実的でない。が、昨年のような首相の言動が続けば、「同盟の空洞化」の引き金になる可能性を否定できないのも事実である。
同盟深化の協議を本格化させるには、首相が普天間問題で強いリーダーシップを発揮し、落着させることが必須である。同時に、日米同盟に関する大きなビジョンを首相自身が発信することが求められている。
鳩山首相は首脳会談で、同盟深化について「拡大抑止や情報保全、ミサイル防衛、宇宙などこれまでの安全保障分野に限らず、新しい課題も含めた協力強化を進めたい」と語った。そして、「新しい課題」として防災、医療、教育、環境を挙げた。
「9・11」以降、国際テロリズムの脅威が現実のものとなり、テロ組織による大量破壊兵器の拡散の危険性が指摘され、「新しい脅威」が顕在化している。こうした新たな安全保障上の危機の温床である貧困問題や民族紛争、内戦、宗教対立に対処し、新たな貧困を引き起こす地球環境悪化や飢餓など地球規模の問題をも安全保障上の課題として取り組む重要性がかつてなく増している。
これまで「非伝統的な安保問題」と注目されながら軽視されがちだった分野であり、最近は、新たな脅威・危機の性格に着目し、戦争や紛争などを病に見立てて、「予防医学的」な安保課題とも呼ばれている。
首相の指摘した「新しい課題」がこうした理念に通じるものかどうか不明だが、予防医学的な安保課題を同盟深化協議の柱の一つに位置付けることができれば、日米同盟を「世界の平和のための公共財」に発展させる契機となるに違いない。
しかし、このような課題だけを強調するのではバランスを欠く。北朝鮮などの脅威を目の前にして、非伝統的な安保課題だけを語るのは現実的ではない。予防医学的な手法の強調が、軍事力と抑止力を背景にした旧来の「臨床医学的」な安全保障上のアプローチの必要性を過小評価することに結びついてはならない。
1990年代の安保再定義は、日米安保共同宣言に結実し、「日米防衛協力のための指針」改定で完結した。これに基づいて自衛隊の米軍への後方支援を可能とする周辺事態法が整備された。その後の展開は、自衛隊の活動領域・内容の拡大の歴史だったと同時に、戦闘地域と非戦闘地域を区分して後方支援の憲法論議をクリアすることで、集団的自衛権行使の議論を回避するものだった。
鳩山政権が、日米防衛協力の深化の方向や、ミサイル防衛のあり方を検討するにあたって、この集団的自衛権行使の是非が大きな論点の一つになるのは間違いない。
また、鳩山政権が進める日米間の過去の「核密約」の解明は、日本の国是である非核三原則と、核抑止を軸とする拡大抑止の関係を浮かび上がらせることになる。米政府による核兵器の運用は、密約当時と今とは大きく変わっており、ただちに核持ち込みが現実問題となる可能性は極めて小さい。しかし、非核三原則と密約、拡大抑止について理論的な整理は避けて通れない課題である。
日米同盟の日本側の最終的な管理・運営者は首相である。同盟関係を深化、発展させる責任を負っている。統治者としての資質が問われていることを首相は深く自覚すべきだ。
毎日新聞 2010年1月9日 東京朝刊