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社説:2010再建の年 経済 心のデフレに負けるな

 日本経済は今、ひと時代前に戻ったかのような規模の縮小に見舞われている。モノが売れず、売れても金額が伸びない。主な販売統計について、2009年の見込みを調べると「○年ぶりの低い水準」のオンパレードである。

 軽を除く新車販売台数は38年ぶりの300万台割れとなる見通しだ。エコカー減税や新車買い替え補助金も効果は今ひとつだった。

 全国の百貨店売り上げは24年ぶりに6兆円台に落ち込む。にぎわっているように見えるデパ地下の総菜の売り上げも18カ月連続のマイナスだ。輸入高級ブランド市場は21年ぶりに1兆円を割るとみられる。

 ◇広がる賢い選択

 新設住宅着工戸数は45年ぶりに80万戸を下回る。特に分譲マンションの建設に急ブレーキがかかり、首都圏のマンション販売は17年ぶりの低水準になる。

 モノを買わなくなった消費者の間では「共有」や「シェア」をキーワードに新しい動きが始まっている。

 1台の車を複数の会員が共同で使う「カーシェアリング」が、都市部を中心に拡大している。30分や1、2時間といったレンタカーより短い時間で使える。時間貸しの駐車場だけでなく、ガソリンスタンドやコンビニを拠点にしたり、自治体の公用車の空き時間を利用したりと、さまざまな形態が生まれている。

 高級ブランドのバッグやアクセサリーなどを会員に貸し出すビジネスは、主婦を中心に利用が急増している。住まいでは、共同住宅のようなシェアハウスや、賃貸マンションなどを共有するルームシェアが若者を中心に広がりつつある。

 こうした動きは収入の減少などをきっかけにしているが、成熟社会の「賢い選択」と言える。

 所有し独占することへのこだわりが薄れ、モノを大切にするのはいいことだ。ずいぶん前から叫ばれてきた循環型の社会に近づき、地球温暖化の防止にも役立つだろう。何かを共有する作業は、現代人が忘れつつあるコミュニケーションの復活にもつながるに違いない。

 しかし、困ったことに賢い選択は、今の日本経済には打撃になる恐れがある。モノを買ってほしい企業の売り上げは低迷し、買わなくても済むのなら消費者の購買意欲はますます落ちるだろう。結果的に日本経済はさらに縮んでいくかもしれない。理にかなったこと、時代が求めることをすれば、経済の低迷を招くという「わな」から抜け出す道を見つけなくてはいけない。

 ヒントはすでに日本の中にある。地方では若者が流出を続け、企業誘致もたいてい絵に描いたもちに終わった。そして、時代の求めで公共事業が縮小され、地方交付税も減らされた。お金の回り方が鈍くなると、道路沿いに相次いで開店した大型店舗などはシャッターを下ろし始めた。いち早く経済縮小に見舞われたそんな地方で今、少しずつ変化が起きているという。

 食環境ジャーナリストの金丸弘美さんは各地の実例をまとめ、「田舎力」(NHK出版)として昨夏出版した。国内外からの民泊客でにぎわう長崎県の離島・小値賀町、コウノトリの復活を目指し「環境の町」のブランドを確立した兵庫県豊岡市などの取り組みを紹介し、ネット書店アマゾンの売り上げランキングの「地域経済部門」でほぼ首位をキープするヒット本になった。

 ◇眠れる力の再認識を

 全国800の農山漁村を見てきた金丸さんは語る。

 「だれかではなく、自分たちの手で産業づくりをしていく。それが持続可能な活力につながると気づき、行動を起こしたところが多い。人を含めた眠っている力を組み合わせ、100年後を見通す発想を持つと可能性が見えてくるもんです」

 共有の時代だからこそのビジネスも芽吹いている。不要になった衣類やゲームソフト、英会話教材、ベビー用品などを会員同士で貸し借りするインターネットのサイト「シェアモ」は会員数が3万人を超えた。サイトを通じて出品・申し込みをする仕組みで、着払いの送料負担だけで利用できる。運営者は広告収入を主な収益源としている。

 ゆるキャラや一過性のイベントで地域は元気にならないように、「成長戦略」が掲げる美辞麗句や政府による経済対策の効果はたかがしれている。経済を語ろうとする時、私たちは企業や国家、政治を主語にしがちだが、実際に経済を動かしているのは人の力である。

 だから、本当に怖いのは景気の二番底や急激な円高ではなく、「どうしようもない」「何をやってもどうせだめだ」と熱意や意欲を低下させてしまうことだ。そんな「心のデフレ」に陥ってはいけない。

 私たちは実感をおぼえない経済指標に必要以上に振り回されたり、その変化に気持ちまで支配されたりしてはいないだろうか。自分と、自分の周りの眠れる力の大きさを過小評価してはいないだろうか。

 一人一人の気持ちや行動の集積が大きな経済活動を形作り、生活の基盤となっていくことを改めて言い聞かせ、行動を起こしたい。

毎日新聞 2010年1月5日 東京朝刊

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