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社説:2010再建の年 国際 核廃絶に踏み出す時だ

 「アメリカ人すべてがヒロシマに行くべきです」

 ブッシュ政権時代に米国務省で政策アドバイザーを務めた研究者、バルビナ・ファンさんは、そう言い切った。昨年11月、東京での講演後に記者団と懇談した際の発言だ。その直前に広島で原爆資料館などを訪ねている。「とても謙虚な思いにとらわれました」「実際に見ると、言葉にならない衝撃を受けます」

 彼女が見たのは被爆の実相ではない。その生き地獄の真の残酷さにはとうてい及ばない展示でも、自分の目で見れば米国人も激しく魂を揺さぶられる。核兵器の廃絶を願う心の原点は、今も広島と長崎にある。

 ◇テロ防止優先の米国

 世界にあまねく平和が訪れるのはいつの日か。戦火もテロの恐怖も、消え去る兆しはない。とりわけ根が深いのは、イスラエルとパレスチナの流血の連鎖や、アフガニスタン情勢の泥沼化だろう。

 01年に起きた米同時多発テロの背景には米国やイスラエルへの憎悪があった。強い憎しみはテロ組織による核兵器使用や原発への攻撃にもつながりかねない。北朝鮮の独裁者は核開発にしがみつき、ルール違反を繰り返す。核技術や核物質の国外流出という可能性も排除できない。

 このように不穏な国際情勢の焦点となった核問題。米国とソ連の全面核戦争が懸念された冷戦時代とは異質の危険が浮上している。オバマ米大統領の「核兵器のない世界」という提言にも、新たな脅威に対処する現実的な狙いが込められている。

 オバマ政権は今年も核問題で活発に動く。ロシアとの新たな戦略兵器削減条約の締結を急ぐ一方、2月をめどに米国の核戦略の基本文書である「核態勢見直し」(NPR)を8年ぶりに更新する。核テロ防止の方策などが盛り込まれる見通しだ。4月にはワシントンで「核安全保障サミット」を開き、核物質の防護を強化する国際合意を目指す。そして5月には、5年ごとの核拡散防止条約(NPT)再検討会議がニューヨークで開かれる。

 こうしたスケジュールから見て取れるのは、核テロを防ぐという目的の最優先と、同時に核軍縮を進めようというオバマ氏の意志だ。特に核軍縮は核兵器の廃絶に向けた具体的な一歩として歓迎できる。逆風もあろうが、粘り強く努力してほしい。

 NPTは「不平等条約」との批判を免れない。米露英仏中の5カ国だけに核兵器保有を認め、それ以外の国には禁じている。核保有国に課した誠実な核軍縮交渉の義務は無視されてきた。その一方、インドとパキスタンはこの条約に加盟しないまま核保有国となり、イスラエルも大量の核弾頭を持つとされる。

 こうした矛盾を打開すべく、00年のNPT再検討会議では核保有国に廃絶の「明確な約束」をさせたものの、履行への動きはなかった。05年の同会議は当時の米ブッシュ政権が核軍縮の討議さえ拒否したことなどから決裂した。

 今年の会議では国際的な核軍縮に一定の道筋をつけるべきだ。オバマ氏はすでに核兵器廃絶という目標を明言した。そのゴールは遠い将来であれ、目に見える前進が少しずつでも必要だ。今度こそ核保有国が誠実な姿勢を見せなければNPT体制への不満はさらに強まり、核テロ防止に不可欠な国際協力は得られまい。何より重要なのは、核廃絶に向けた国際合意の再建なのである。

 ◇北朝鮮の核消えてこそ

 冒頭のバルビナ・ファンさんの話は専門分野の北朝鮮にも及んだ。この国が完全に核廃棄する可能性には懐疑的だという。理由はこうだ。

 北朝鮮は不安にとらわれている。安心のためには何が必要か。北朝鮮が求めているのは在韓米軍の全面撤退だけではない。日本も含めた東アジアに対する米国の「核の傘」を、すべて外せ、ということだ。

 これではとうてい核を手放しそうもない。当面は、国際協力を通じて北朝鮮からの核拡散を防ぐという対策しかない。そんな見解である。

 こうした見方が米国ではオバマ政権高官も含めて主流になってきた。今のところ北朝鮮の核やミサイルが米国にとって直接的な脅威ではないという事情もあろう。しかし、北朝鮮の手に核兵器が残るような結末は日本にとって容認し難いものだ。

 日朝国交正常化という歴史的懸案も、北朝鮮による日本人拉致問題の解決と完全な核廃棄なしには世論の支持を得られないであろう。

 私たちは全世界での核兵器廃絶を念願し、オバマ大統領の核軍縮の努力を支持する。同時に、北朝鮮などの脅威が実際に存在する以上、米国の「核の傘」に守られていることを不合理とは考えない。だが、その同盟国から「北朝鮮の核廃棄はあきらめよう」と言われたくもない。

 もともと「核テロの危険が増している。核兵器をなくせばその危険は消える」という発想から出てきた米国の核廃絶論である。北朝鮮からの核拡散を防ぐだけでは根本的な危険が残る。日本や韓国にとっては特に深刻だ。ここは日米韓が団結し、中露の協力も得て北朝鮮の完全な核廃棄をあくまで目指そう。「核なき世界」への必須の一歩である。

毎日新聞 2010年1月4日 東京朝刊

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