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社説:2010再建の年 政治 マニフェストの深化を

 「破られるもの」が常識だった従来型公約から脱却して政策実行に必要な財源や工程表を明記し、必要とあれば国民の負担増となる苦い薬も盛り込む。三重県知事だった北川正恭・現早大大学院教授(21世紀臨調共同代表)がマニフェストの策定を初めて提唱したのは03年1月26日、三重県でのシンポジウムだった。

 この年春の統一地方選に出馬する知事候補らに唱えた提案だった。同席していた「改革派」と呼ばれた現職知事らからも「財源は中央が握っていて地方で策定するのは難しい」などと戸惑いの声が広がったと翌日の新聞は伝えている。国民を信頼しよう

 間もなく7年になる。マニフェストは直ちに国政選挙にも導入され、昨年8月の総選挙で政権交代が実現する原動力となった点に異論はないだろう。鳩山内閣が発足直後から曲がりなりにも政策目標を明確にして政権を運営できたのは、マニフェストがあったからこそでもある。

 だが、同時に鳩山内閣が「マニフェストの実現」という大きな壁に突き当たっているのも事実だ。年末の新年度予算案編成ではマニフェストに明記したガソリンなどの暫定税率廃止を撤回するなど「公約破り」との批判が早くも出ている。

 なぜ、そうなったか。

 民主党のマニフェストで大多数の人が支持したのは「無駄の根絶」だったろう。事業仕分けが注目されたのも国民の問題意識の高さを物語った。ところが無駄の削減は思うに任せず、財源確保できなかったのが公約見直しの大きな理由だ。民主党にとって初の政権体験。官庁情報が不足していたのは無理もないし、税収減も予想以上だった。だが元をただせばマニフェスト策定時から財源論をあいまいにしてきたツケが回ったのではなかろうか。

 精密さという点では実は民主党が惨敗した05年の衆院選で掲げたマニフェストの方が優れていたと思われる。岡田克也外相が代表の時代。選挙は郵政民営化一色で他の争点はかき消されてしまったが、政権移行後の改革プログラムを昨年以上に詳細に記し、基礎年金の財源を税で全額賄うため年金目的消費税を創設する増税方針も打ち出していた。

 しかし、その後、現幹事長の小沢一郎氏が代表に就任して以来、「選挙で増税を掲げるのは愚策」と封印し、鳩山由紀夫首相も「政治の仕組みが変わるのだから財源は出てくる」といった抽象論を継承した。

 ネックだった安保政策を含め公約の質を高めるチャンスはあった。小沢氏の代表辞任を受け鳩山首相と岡田氏が争った昨年5月の党代表選だ。だが、代表選は極めて短期に設定され政策論争は深まらなかった。

 マニフェストは一部幹部だけで策定され、発表されたのは衆院選直前。その後、一部に異論や矛盾が出て、あわてて修正もした。選挙の1年半ほど前から策定に取りかかり、段階ごとに策定状況を国民に公開しているマニフェストの本場・英国とはまだまだ大きな差がある。

 無論、05年の衆院選は増税を掲げたから民主党は敗北したと見るのも可能だ。増税より先に無駄の削減に取り組むのも当然だ。しかし、とりわけ政権の実力者・小沢氏は「国民はしょせんバラマキに弱い」とあまり信用していないのではなかろうか。主眼は自民党を壊し、選挙で勝つこと。それが目的化し、政策は二の次となっていないか。焦点は夏の参院選

 私たちは政党にとって選挙は手段であり、政治の目的をきちんと書くのがマニフェストだと考える。

 マニフェスト選挙を03年以降、経験し、有権者の意識は確実に変わってきている。確かに諸手当をもらえればありがたいが、国の借金が膨張し、将来世代に取り返しのつかないツケを残すのではないかと不安視している人も多いはずだ。

 支持率低下を続ける鳩山内閣は今月中旬にも始まる通常国会で早くも正念場を迎える。今年夏には参院選が控える。衆院同様、参院でも民主党が単独で過半数を取れるか、それとも自民党が挽回(ばんかい)し、再び衆参ねじれ状況になるのかが焦点だ。

 参院選は「マニフェスト政治」をさらに深化させる機会となるだろう。民主党は何が達成できて、何が足りなかったのか、自ら厳しく検証する必要がある。再三指摘している通り、私たちは「マニフェストは守るのが原則」と考えているが、経済状況などの変化により修正したり、新たな政策を立案するのも当然だ。参院選に向けた作業を早々に始めてもらいたい。

 自民党も参院選は存亡をかけた戦いとなる。再生の武器となるのは、奇策でなく、やはりマニフェストだ。次の衆院選を目指し、党内で徹底的にオープンな議論を重ね、参院選で新しいマニフェストの「第1弾」を示さないといけない。

 「必要なら苦い薬も」というマニフェストの原点を、この年頭、再度確認したい。

 政治を再建するため最も大切なのは、まず政治家が国民に信頼されること。そして政治家も「まじめに説明すれば理解される」と国民を信じることだから。

毎日新聞 2010年1月3日 東京朝刊

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