新(あらた)しき年の初めの初春の今日降 る雪のいや重(し)け吉事(よごと)
万葉集の最後を飾る大伴家持の歌だ。因幡(鳥取県東部)の国守だった家持が元日の宴を催した時のもの。豊年のしるしとされた元日のめでたい雪のように、よいことが続くようにとうたった。内外ともに難題を背負って迎えた新年、私たちも「いやしけよごと」と願いたい。
万葉集が編まれた奈良時代の都、平城京は1300年前に誕生した。東大寺はじめ多くの寺社が姿をとどめる大和の風景は、現代人の心に潤いを与えてくれる。奈良県内ではことし1年を通じて平城遷都1300年祭が行われる。当時を振り返り、現代的な意味を探ってみよう。
日本を再建してほしい。そういう国民の期待が昨年の政権交代をもたらした。確かに経済は沈み、社会はきしみ、福祉や医療は崩れが目立ち、地方からは悲鳴が聞こえていた。国際的な存在感も低下している。発足した鳩山政権が明治の国づくりを意識して「無血の平成維新」と意気込んだのは当然だった。
暮らしや福祉には少し明かりが見えてきた。だが経済などの再建の道は遠い。予算は今後の財源に不安を残した。外交の基軸、日米関係は稚拙な対応で自ら苦境を招いた。首相自身が政治資金の弁解に追われ、看板の「国家戦略」も見えない。
710年の平城遷都に至る半世紀は、日本が大きな危機を克服して国の再建を果たした時代だった。幕末から明治と同様だ。国づくり、国防、文化の創造という総合戦略を成し遂げた象徴が平城京といえる。
当時の東アジアは戦乱の時代である。大化の改新を断行した中大兄(なかのおおえの)皇子(おうじ)らが百済救援のため数万の兵を出した。だが、朝鮮半島南西部の白村江の海戦(663年)で唐・新羅の連合軍に大敗してしまう。400隻が炎上し海が赤く染まったと史書はいう。敗戦の痛手は甚大で、唐・新羅の来襲を恐れる事態になった。
大和政権は筑紫や壱岐などに防人(さきもり)を配し国土防衛を図った。一方で政治体制の改革を進め律令国家への歩みを急ぐ。そして新首都として完成したのが平城京だった。相次いで滅亡した百済、高句麗から亡命した王族や知識層も一翼を担った。
奈良時代は日本の歴史上、最も国際的に開かれていた時代という。僧1万人を招いて行われた東大寺の大仏開眼(かいげん)供養(752年)では、大仏に魂を迎え入れる大導師をインド僧が務め、唐、ベトナムなどの僧も重要な役目を担った。各国から多数の僧が訪れていた。新羅や渤海はじめ各国との交流も深く、奈良はアジア・西域文化の集積地だった。
あをによし奈良の都は咲く花のに ほふがごとく今盛りなり
国防の要、大宰府に赴任した小野老(おののおゆ)による有名な賛歌は、都の栄華を今に伝えている。
奈良の都は大きな発信力を持っていた。21世紀の今、日本はどうだろうか。民主党の大勝による政権交代そのものが海外への強い発信となった。鳩山政権が発足直後に国連で行った地球温暖化や核廃絶についての発言も、日本の首相としては異例の注目を集めた。だが、問題はそこからの実行力である。国内の基盤を固め各国を説得する行動が伴ってはじめて本物の発信になる。
日本の現実を見れば関心は内向きになりがちだ。緊急に解決しなければならないことは多い。だが同時に世界的課題に積極的に取り組むのは、グローバル化の時代の先進国の責務であろう。経済が沈滞しているとはいえ、日本には底力がある。環境分野に限らずその役割は大きい。
国際的な発信力を高め、日本の魅力が注目されることは、国内の活力にもつながる。海外からの人材を引き寄せる力にもなる。国内の再建にはそうした長期戦略も求められる。留学生の受け入れや日本からの海外留学がともに頭打ちになっている状態を変える努力が必要だ。
発信力を高めるには外交の基軸である日米同盟の深化が必須だ。普天間問題で揺らいでいる日米の信頼関係を確固としたものに回復する必要がある。中国、インドという新興大国、韓国などを含めアジアとの協力も拡大しなければならない。世界的課題への対処には、多くの友好国との密接な協力が必要になる。
最後に強調したいのは文化の発信力だ。奈良時代、先進文明の吸収に励んだ人々は同時に独自の文化も創造していた。万葉集は天皇、皇族から防人、東国の民に至る幅広い作品を集め、今も愛唱されている。伝来の漢字を用いた「万葉仮名」は後のカタカナ、ひらがなにつながった。
私たちは豊かな伝統文化を持っている。新しい文化と共鳴し、新たな創造に結びつくという優れた環境もある。例えば万葉以来受け継がれている和歌の世界では今も次々と新感覚の作品が生まれている。村上春樹氏の作品が世界的な支持を受け、映画やアニメ、日本食などが国際的に高い評価を得ているように、文化は日本が持つ重要資源である。
日本の発信力を高めることが日本の再建にもつながる。人々が未来に希望を持てる国にしよう。
毎日新聞 2010年1月1日 東京朝刊