社説
核なき世界 2020年に向け道筋を(1月12日)
米ソの核軍拡競争が頂点に向かおうとしていた1982年、作家の大江健三郎さんは講演記録「核の大火と『人間』の声」(岩波書店)を出版している。
「人間は滅び得るものだ。しかし抵抗しながら滅びようではないか」というフランスの作家セナンクールの言葉を引いた上で大江さんはこう語る。
「(その)言葉が、文字どおり人類の絶滅を意味すると受けとめざるをえぬ今(中略)徹底した無力感におちいりもする」
絶望的な核状況は二十数年を経た今、改善されただろうか。残念ながら核兵器はなお人類の生存を脅かし続けている。
*NPTの成功が鍵だ
世界には今も2万数千発の核弾頭が存在している。テロリストが核兵器を使う可能性までが現実に語られている。広島と長崎の悪夢の再来を防ぐため、核の廃絶を一日も早く実現しなければならない。
希望は昨年、オバマ米大統領の主導で核全廃を目指す声が世界規模で広がり始めたことだ。
今年はその機運を具体的な一歩に変える重要な年である。
最大の注目点は、5月にニューヨークで開かれる核拡散防止条約(NPT)の再検討会議だ。
NPTは核軍縮に向けた国際体制の基礎をなす。5年ごとに現状を見直し、核兵器削減などの新たな合意を目指してきたが、核保有国と非保有国の利害対立は依然、根深い。
前回の2005年の再検討会議は事実上、決裂した。2回連続して合意が得られないようなことになれば核軍縮の国際協力は瓦解し、オバマ大統領の「核なき世界」も大きく遠ざかるだろう。
今年の再検討会議は何としても成功させなければならない。
想起したいのは、対人地雷やクラスター爆弾などの廃絶を推し進めた国際世論の力である。
年間2万人以上の犠牲を出している対人地雷をなくそうと、欧米の非政府組織(NGO)が92年に禁止キャンペーンに乗り出した。
当初は各国から無視されたが、カナダやアイルランドなどが同調し始めついに禁止条約として結実した。
97年12月には日本を含む120カ国以上が対人地雷禁止条約に署名した。クラスター爆弾禁止条約もやはり市民運動に押される形で08年12月に調印にこぎつけた。
米中ロなどはいずれの条約にも参加していない。だが、条約を成立させた国際世論を無視できない状況は確実に生まれている。
対人地雷やクラスター爆弾は人々を無差別に殺傷する残虐な兵器である。そして、全人類を何度も絶滅できる2万数千発の核は、究極の大量殺りく兵器と言えよう。
* 廃絶の国際世論こそ
だからこそ、対人地雷やクラスター爆弾に対して発揮された各国の市民の力を核廃絶にも生かしたい。
広島と長崎の双方で原爆被害に遭った二重被爆者の山口彊(つとむ)さんが年明けに亡くなった。93歳だった。
日本原水爆被害者団体協議会(被団協)の代表委員坪井直(すなお)さん(84)は「われわれ被爆者はみな相当な年です。生きているうちに廃絶を実現してほしい」と訴える。
被団協はNPT再検討会議に合わせ約50人の被爆者をニューヨークに派遣し、「2020年までの核全廃」を採択するよう各国に求める。
この目標年は、広島、長崎両市長の呼びかけで結成した平和市長会議が03年に提唱した。いま130カ国以上の約3400都市が加盟する。
「20年」まであと10年。これには被爆者が健在のうちにという願いに加え、現実的な計算も成り立つ。
核弾頭数はピークの86年、7万発以上だったが、17年後の03年には半分以下の3万発未満となった。このペースで減らせば、さらに17年後の20年、「核ゼロ」は達成可能だ。
であれば、唯一の被爆国である日本が今こそ、究極の核廃絶という目標を世界に発信すべきではないか。
重要なのは日本政府の基本姿勢である。政府は従来「唯一の被爆国」としての立場を強調する一方で、日本に「核の傘」を提供する米国の核政策を無批判に受け入れてきた。
しかし、これでは核兵器の廃絶を求める言葉は、説得力を持たない。
被爆者や市民団体の声に真摯(しんし)に耳を傾けたい。
「20年の核廃絶」を提唱する平和市長会議の加盟都市の総人口は、約6億人にも上るという。世界の総人口の実に10分の1近い。
その声は大きく、願いは重い。
人々の行動と、政治のリーダーシップが車の両輪となる。核の削減や米国など核大国による先制不使用宣言の実施などに一つ一つ取り組み核廃絶への道を着実に切り開く。
それが、核ゼロを求める被爆国・日本の確固とした立場を築くことにもつながるに違いない。
二十数年前、絶望的な核状況の中で大江さんが陥った「徹底した無力感」−。
国際世論の力で核なき世界を現実に構想するとき、「無力感」は「希望」という言葉に置き換わる。
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