★★★★☆(評者)池田信夫

マネーの進化史
著者:ニーアル・ファーガソン
販売元:早川書房
発売日:2009-12
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政府が「デフレ宣言」を出し、それに押されるように日銀がデフレ対策を取るなど、デフレが悪の元凶のように思われている。しかし日本のデフレは1〜2%程度のゆるやかなもので、デフレスパイラルに陥る心配はない。90年代以降、世界的に起こっているdisinflationの最大の原因は新興国の世界市場への参入による相対価格の変化であり、これは先進国の購買力を増す。歴史的にも、デフレと不況に必然的な関係ない。

他方、インフレ(特にハイパーインフレ)で経済が破綻した例は数え切れない。これは貨幣が「人々がその価値を信じているがゆえに価値がある」という同語反復的な存在であることによる。人々が貨幣の価値を疑った瞬間にその価値は失われ、その信用を取り戻すことはできないのだ。特に近代以降は、中央銀行が貨幣を発行するようになったため、その価値は国家の権威と結びつき、インフレによって国家が崩壊することも珍しくない。

最初に中央銀行をつくったのは、スコットランド人ジョン・ローである。フランスのルイ14世は浪費によって財政難に陥っていたが、その経費をまかなうには紙幣を発行すればよい、とローは進言して王立銀行を設立した。同時にフランス政府はアメリカ大陸に「ミシシッピ会社」を設立して多額の投資を行ない、史上空前のバブルが発生した。このバブルが崩壊すると、フランス紙幣の信用が失われて激しいインフレが起こった。その結果ルイ王朝の財政は破綻し、これがフランス革命の原因となった。

本書はこのように貨幣が経済を繁栄させたり崩壊させたりする物語を、経済史家がやさしく紹介したものだ。特に財政が破綻してインフレが起こると、政権が倒れて革命や戦争が起こることもある。著者も警告するように、現在の先進国で財政危機が群を抜いて深刻なのは日本であり、それが国家の危機に発展するおそれもある。その日本政府がデフレの心配ばかりしているのは、おめでたいといわざるをえない。

幸か不幸か、今のところ日本では資金需要がないため金利は低いが、来年度の政府債務は50兆円以上増える。発行される国債が市場のキャパシティを超えると、金利が急上昇(国債価格は暴落)するリスクもある。GDPの2倍を超える財政赤字を「解決」する手段は、インフレによる事実上の債務不履行しかないが、それはデフレよりはるかに大きな経済危機をもたらすだろう。もしかすると、それが日本経済を「リセット」して再生させる荒療治かもしれないが。