
○川上富達
1957年与論島生。高校卒業まで与論島の茶花で育つ。短大卒業後、大手飲食チェーンに就職。26歳のとき牛丼屋「どん亭」で独立。
2000年、「七輪焼肉・安安」第一号店をオープン。焼肉を手ごろに楽しんでもらうというアイデアがうけ、会社をいちやく、年商48億円(平成19年)までに成長させる。
島を出て、飲食業一筋で仕事に打ち込む
お会いするなり、身近に利用していた焼肉店がまさか与論出身の社長が経営しているとは知らなかったことを告げると、川上社長は、「この顔を見ればすぐに島の出身だとわかるでしょ?」と島人(シマンチュ)らしい人懐っこい笑顔をみせてくれた。
今回は、お忙しいなか時間を割いてもらったが、終始ニコニコと笑顔を絶やさず、丁寧にお話をしてくれる姿に、飾らない気さくな人だという印象を受けた。
そんな川上社長が飲食業を生業にするきっかけは、挫折感を克服するためだったそうだ。
「高校生のときは、自分のまわりには優秀な奴らばかりいてね。当時大島郡のなかでも与論島の学力はトップレベルだったんですよ。でも、自分は落ちこぼれで、大学進学にも失敗したり、ことごとく挫折して、みじめな思いを常に持っていたんです。
それでも、30歳で独立するという目標は漠然と持っていましたね。
それで、頭でダメなら、体力で勝負だということで、大手牛丼チェーンに就職したんです。飲食店なら小資本で独立できますから、まずは業界のことを学ぼうと思ったんです。今度こそ負けたくないという気持ちで、一生懸命やりましたよ。
常に謙虚な気持ちを持って『自分を使ってくれたからには絶対に損はさせません』という思いで、誠心誠意取り組みました。トイレ掃除など面倒くさい仕事でも、率先して手を抜かず徹底的にやりましたよ。
そのおかげで、いい評価も得られ、飲食店のいろいろなノウハウも勉強できたのだと思います。」
○この激安看板見たことある?
「安安」は、都心の主要な街にも多くの店を構えているので、足を運んでいる人もきっと多いはず。
最近では、平成20年4月23日に安安中山店、5月15日に安安青葉台店、5月30日に安安玉川学園店がオープンと続々と店舗が増えており、現在、東京・神奈川・沖縄に74店舗を展開している。
「『安全で安心。さらに安く』だから安安」をテーマに、激安焼肉で若者を中心に人気爆発中。
主なメニューは、
カルビ290円(税込み304円)
ロース290円(税込み304円)
はらみ390円(税込み409円)
ホルモン250円(税込み263円)
アサヒスーパードライ(中生)290円(税込み304円)
と、どれも驚きの値段!!
営業時間は17:00〜翌朝6:00(一部の店舗は24時または2時まで)
『各店舗案内はコチラから』
■(株)富士達ホームページ
http://www.fuji-tatsu.co.jp/tenpojyuusyo.4.html
空き店舗を利用して、手作りではじめた焼肉屋が大ヒット
しかし、1980年に勤めていた牛丼チェーンが倒産してしまい、そんな会社員の時期も長くは続かなかった。
「その後、当時の上司に誘われ仲間で飲食店をやりましたが、なかなかうまくいきませんでしたね。また、山梨の焼肉バイキングの店に担ぎ出されたりもしましたが、そこも業績が悪くお店をたたんでしまいました。
そうこうしているうちに、大井町にあった牛丼屋のオーナーからお店を持たないかと誘われたんです。もともと独立したい思いがあったので、僕が大井町のお店を引き継ぐカタチで独立しました。30歳で独立を考えていたので、26歳の若さで当初より早めに独立したことになりますね。」
それが、今も沖縄や神奈川で展開している、牛丼屋「どん亭」だった。
「ただ、牛丼屋も大手から挟み撃ちとなり経営しづらくなってきたんです。そんななか、山梨で焼肉バイキングをしていた経験を活かし、三軒茶屋の店舗の2階が空いていたので、せっかくだからと、スタッフたちの手作りで焼肉屋をやってみたんです。
そのお店では、カルビ290円を目玉にしたところ、これが大ヒットして、牛丼屋よりも1.5倍の売上があったんですよ。これで踏ん切りがつきましたね。牛丼屋は沖縄だけに残し、ここから本格的に焼肉屋に転換したんです。」
「安安」が躍進するきっかけは、この三軒茶屋の居酒屋の空店舗から始まったのだった。
人気の秘密は、どこにも負けない「安さ」とアットホームな店づくり
この焼肉屋は、圧倒的な安さが話題となり、当時の焼肉ブームとも相まって、大ヒット。その後は、次々と店舗を増やしていき、現在は、東京、神奈川を中心に、沖縄を含め、70店以上を展開するほどに成長した。
「とにかく『早い、安い、うまい』という手法に絞りました。何でもつめこもうとせず、単純にこれだけにこだわっていたからうまくいってるんじゃないかな。
おいしい肉をお腹いっぱい食べていただくには安いにこしたことはないし、都会の忙しい現代人のために、待ち時間をなくして早く料理を提供してあげたいという思いがあります。
当然、時間があって、お金もあるという方は、他に高級なお店がいっぱいありますからね。」
ただ、今は『うまい、安い、早い』と、お客の嗜好が逆転してきているようだ。
「だから、ただ早くて、安いものだけを提供するわけにもいかないんです。安全な肉を提供するというのは当たり前だし、そのうえでおいしく召し上がっていただくためのサービスも手を抜くことができません。もちろん、そのサービスと値段とのバランスが大切なんですけどね。」
たとえば「安安」が使っている七輪は、熱効率が悪く、炭おこしなどの手間がかかるそうだが、今の家庭にはない昔ながらの七輪を使うことで温かみを出したかったのだという。
安さだけではなく、そんな温もりのある店づくりもお客に受けた理由なのだろう。
そして、工場で肉をさばき各店に配送するという、安全で、コストがかからない仕組みや、焼肉の味の決め手であるタレなどは、牛丼屋をやっていたときのノウハウが活かされているという。
ヒットの最大の理由を伺うと、「ただ焼肉ブームに乗れただけ。特に独自のアイデアがひらめいたわけではないです」と、あくまで謙虚に答える川上社長。
しかし、どんなことが流行しているのか、世の中のささいな動きにも敏感に反応していないとヒット商品を生み出すのは難しい。20代のころから独立という目標をかかげて、努力を惜しまなかったことが、川上社長の商売センスを磨いていったのだろう。
ヨロンに古くから伝わる「誠」の精神
最後に、謙虚でマイペースな川上社長に次なる目標を聞いてみた。
「ウチの地元の横浜でも、『安安』の知名度はまだまだなんです。普通に誰でも知っているようになるには200店舗はないといけません。
おかげ様で、今は関東、沖縄を含め73店舗です。神奈川の東北地区と、東京西部には地盤ができたと思います。今後は東京の東部、埼玉、千葉にも展開していきます。
その後は、日本全国を視野に入れて全国展開を目指します。そのためには1000店舗が必要になりますが、8年間やってきて手ごたえは十分感じています。」
打ちじゃしょりじゃしょり
誠(まことぅ)打ちじゃしょり
誠 打ちじゃしば
何恥(ぬは)じかしゅんが
「ヨロンには『誠うちじゃしば ぬ恥かちゅんが』という有名な古くから伝わる言葉があります。
訳すと『誠の心を出しなさい、そうすれば何も恥ずかしいことはない』という意味です。
『俺が、俺が』と前へ出て行く文化ではないんですね。『喧嘩はするな』なんてよく言われたもんです。
ヨロンは奄美群島でも一番小さな島ですから、そんな文化が根付いたんじゃないかと僕は判断しています。
こうした与論の『誠』の精神があったからでしょうか、くよくよせずに、自分を信じて、真っ直ぐ進んでこられたのは。これからも、おごらず淡々と『誠』の精神を貫くだけです。」
そして、この目標が達成できた暁には、いつかヨロンのために何かしたいという。
「与論島は奄美大島よりも、沖縄本島との距離が近いので、沖縄との交通の便をよくして、もっと与論島へ気軽に遊びにこられるような、与論島を活性化する仕組みをつくりたいですね。どうしてもヨロンは僕の心にいつまでも残っているんです。
この気持ちはこれからもずっと変わらないんでしょうね・・・。」