G2
G2G2
ノンフィクション新機軸メディアG2・・・・・・・・G2の最新情報をお届け!!「『G2メール』登録はこちら」ノンフィクション新機軸メディアG2・・・・・・・・G2の最新情報をお届け!!「『G2メール』登録はこちら」
G2

続・児童虐待

柳美里

「あぁ、絵本……小鳥の表紙で、言葉がすごく少ないんで、全部おぼえられるぐらいの絵本で、シリーズになってて……あの絵本はよく読みましたね。自分で言うのもなんなんだけど、わたし読むの上手だったから、娘は、よく笑ってましたよ」自分の記憶に励まされ、彼女の声が俄かに活気づいた。

わたしは、表紙の絵を彼女に描いてもらった。

彼女は、小鳥の顔の丸い輪郭を描き、二つの翼を描き、二本の肢を描き、山形の眉を描き、くちばしを描いたが、目だけは描かないで、ボールペンを置いた。

小鳥の顔の表紙で、シリーズになっている絵本と言ったら、偕成社から出ている、きむらゆういち(木村裕一)さんの「あかちゃんのあそびえほん」しかない。

ことりの ピイちゃんが やってきて……
とん とん とん
「こんにちは」

わたしも『ごあいさつあそび』や『いいおへんじできるかな』や『ひとりでうんちできるかな』や『いないいないばああそび』など全シリーズを揃えて、毎晩、赤ちゃんだった息子に読み聞かせをした。

「本は『読んで』って言われれば、いつでも読んでましたね。図書館で借りてきたことが多いんですけど……あぁ、お人形は、ぽぽちゃんを持ってました、赤ちゃんのお人形ですね……」

「好きな食べ物は?」

「好きな食べ物……なんだったかなぁ……嫌いな食べ物だったら、いくらでも挙げられるんですけどね……」

「なにが嫌いだったんですか?」

「味噌汁ですね。保育園の七夕の短冊に『おみそしるをすきになれますように』って書いてあったんですよ。わたしがたぶん怒ったからだと思うんですけど……」

おぼえたての平仮名で短冊に願いを書く小さなてのひら……

「あぁ、好きなもの……娘はブランコが好きでしたね……公園に行けばかならず『ブランコ押して』って……」

彼女は、また口を噤んだ。そして、自分の表情を閉ざそうと、顔に力を入れた。

「子どもと離れて三年……思い出すと辛いから……封じ込めてる部分があるんです……わたしが子どもにした酷いこと、嫌なことはすぐに思い出せるんですけど、楽しいことは……たぶん楽しかったこともたくさんあったとは思うんですけど、う〜ん、思い出さないように努めているんですよ……やっぱり思い出すと、苦しくなるから……」

彼女は顔から表情を締め出すことに成功した。それ以外に、悲しんで苦しんでいる剥き出しの顔を隠す方法がなかったのだ。

彼女の顔は閉ざされた。

つづく

このほかの作品
コメントをどうぞ
コメントは送っていただいてから公開されるまで数日かかる場合があります。
また、明らかな事実誤認、個人に対する誹謗中傷のコメントは表示いたしません。
ご了承をお願いいたします。

COURRiER Japon
  1. サイト内検索
  2. 執筆者

    柳美里柳美里
    (ゆう・みり)
    1968年生まれ、神奈川県出身。劇作家、小説家。1993年に『魚の祭』で岸田戯曲賞を、1997年には『家族シネマ』(講談社)で芥川賞をそれぞれ受賞。『ゴールドラッシュ』(新潮社)、『命』(小学館)、『柳美里不幸全記録』(新潮社)など、小説、エッセイ、戯曲の作品多数。

  3. このほかの作品