帰宅して娘を風呂に入れる夫の裸体を見ると、S嬢に針を刺された乳首が一センチぐらいの大きさに腫れあがっていた。
彼女は、「乳首を小さくする手術を受けろ!」と夫を責めるようになる。
夫は精神科に通院するようになり、家裁に離婚の申し立てを行う。
彼女は調停の場で、「SMは我慢するので、離婚はしないでほしい」と懇願し、夫が申し立てを取り下げるかたちで終了する。
そして、「仲直りをした」夜に、三度目の妊娠をする。
二〇〇三年、長女が六歳のときに、長男が誕生する。
彼女は母親に「子守にきてほしい」と頼むが、「お父さんが駄目だと言うから、行けない」と断られ、以来離婚が成立するまでの三年間、実家とは没交渉になる。
長男への「虐待」も、やはり一歳前後からはじまった。
「下の子に、凄い暴力をした翌日、保育園に預けたら、児童相談所に通報されて連れてかれちゃったんです。きっと、児相に証拠写真とか撮られたと思う」
「凄い暴力というのは、どんなことだったんですか?」と、わたしは彼女のワンピースの胸のあたりで腹ばいになっているペンギンを見た。
「保育園の先生におむつがなかなかとれないことを相談したら、『Bくん、もう一人でトイレできますよ』と言ってくれたんで、紙おむつをとってみたら、失敗したんですよ。わたしはすごい一生懸命、『おしっこする? トイレ行ってみる?』って訊いたんですけど、遊びたい一心で漏らしちゃった。わたしはおむつがとれないことを悩んで相談してるのに、『もう一人でトイレできますよ』なんて軽々しく言ったその先生にも腹が立って……わたしは女だから、男の子のおしっこをどう教えればいいかわからなくて、普通は男親が教えてくれるのに、全然教えてくれない夫にも腹が立って……」
彼女は、おしっこで下半身を濡らした長男の服を脱がせて、「ぶって、抓って、痣ができるまで抓りまくって……」
聞いていたわたしは、怒りに自分自身の意志を折り取られてしまう母親の痛苦と、幼い罪人のように容赦ない罰を与えられる子どもの痛苦のあいだを行ったり来たりしているうちに、自分の内に二人いる「母親」と「子ども」の感情が堰を切って溢れ出しそうになるのを感じた。
「あの、お子さんの好きなものは?」わたしの声は弱々しく、べたついていた。
と、それまで自分の凄まじい「虐待」の様子を淡々と淀みなく語っていた彼女が口を噤み、眉間に皺を寄せて「う〜ん」と苦しげな唸り声をあげた。
「なにが好き……」
「上の娘さんだと、たとえばお人形とか、アンパンマンのアニメとか」
「なにが好き?……なんだろ?……」
「この絵本がお気に入りとか」