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続・児童虐待

柳美里

彼女は保育園の先生や保健師に「娘に手を上げてしまうのをやめられない」という悩みを相談したが、「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と励まされるだけで、だれ一人具体的な対処法を教えてはくれなかった。

相談できる「ママ友」もいなかった。「公園デビュー」という言葉があるのは知っていたが、怖くて、だれもいないのを見計らって行っていた。

「一度、だれもいない砂場で遊ばせていたら、十一時ぐらいにウワーッと三十人ぐらい母親がバギーを押して近づいてきて、お砂場にぐるっと輪っかになって、笑ったりおしゃべりしたりして……怖くなって、逃げ帰りました」

長女への「虐待」はエスカレートしていった。

「もう、殴るも蹴るも、全部やる。物を使って叩くとか、お腹の上に乗るとか……」

「虐待」の理由は、たとえば、昼食にサンドイッチを拵えて出すと、長女がパンをめくってハムだけ食べるとか、衣食に関わるささいなものだった。

「靴を左右反対に履くとかあるじゃないですか。わたしは、反対だよって注意するんですけど、彼女はどっちが右で、どっちが左だかわかんなくなって、パニックになって、泣きわめく」

わたしも、息子が靴の左右を間違えることをヒステリックに指摘しつづけたことがある。

「わたしは、靴をくっつけて、靴の先がそっぽを向いたら反対、前を向いたら正解って教えたんですけど、なかなかおぼえてくれませんよね」と、なるべく静かな口調で語りかけた。

「わたしは『自分で考えろ』と教えられてきたんです。だから、どっちが右で、どっちが左でなんて教えられない、教えちゃいけない気がしたんです。『反対だよ』ってことしか言えなくて、『反対! 反対!』って頭に血が上って、娘がパニックになって泣き出すと、後ろから頭を殴りつけるみたいなね。わたしは、優しいお母さんやお父さんが許せないんですよ。転んだ子どもを抱きあげて、砂がついた膝をパンパン払ってあげるっていう仕草が、もう許せない。世間一般、どこのだれだろうが、許せないんです。自分の責任で転んだ、自分の責任で怪我をした、だから泣くなんておかしい」激しい内容を語っているにも拘らず、彼女の声は河口の流れのようにのっぺりとしていた。

長女と二人でファミレスに行ったとき、彼女はお子様プレートをなかなか食べ終えない娘に、怒りをたぎらせたという。

「ずっと口の中でモゴモゴしてるんですよ。わたしはイライラして、口に入れた食べ物をどう飲み込むかをうまく説明できない。娘はゴックンするってことがわからない」

帰宅した彼女は「なんで、さっき食べなかったの!」と長女を叱りつけ、泣き出した長女の頭を何度もひっぱたき、てのひらが痛くなったので、手元にあったスプレー缶で殴りつけた。角が当たって頭から血が出た。病院に連れて行くと、縫う必要がある、と診断された。「どうして、こんな怪我をしたの?」と医者に訊ねられ、「スプレー缶で殴ったからです」と彼女は正直に答えた。

妻が子育てで苦しんでいるあいだも、夫はSMクラブ通いをつづけていた。

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COURRiER Japon
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    柳美里柳美里
    (ゆう・みり)
    1968年生まれ、神奈川県出身。劇作家、小説家。1993年に『魚の祭』で岸田戯曲賞を、1997年には『家族シネマ』(講談社)で芥川賞をそれぞれ受賞。『ゴールドラッシュ』(新潮社)、『命』(小学館)、『柳美里不幸全記録』(新潮社)など、小説、エッセイ、戯曲の作品多数。

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