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大型のクジラは、毎日5トンを超すオキアミや小魚を腹に収めるそうだ。この大食漢だけを保護した時、生態系にどんな影響があるかは想像するしかない。海のこと、知っているようで何も知らなかったと、近く公開の記録映画「オーシャンズ」で痛感した▼圧巻は、水面を跳ねながら泳ぐイルカたちだ。高速ボートで並走し、ブレない工夫を施したカメラで撮ったという。イルカが海面に追い込んだイワシの群れに、上空で待ち構えるカツオドリが次々と突っ込んでいく▼船で引く魚雷型カメラ、無人ヘリも駆使し、大小の生き物たちが活写される。漁師や船乗りもたぶん見ていない光景を前に、この役者たちと「青い劇場」を守らねばと胸に刻んだ▼陸からの汚染物は深海にまで届くという。大気中の二酸化炭素が溶け込み、海水の酸性化が進む。独自の生態系を育む南米ガラパゴス諸島では、温暖化と乱獲により、24本の腕を持つヒトデやスズメダイの仲間が絶滅したと伝えられた▼〈海は一枚の大きな紺の布だと歌った詩人もある。さしずめ波打際(なみうちぎわ)は、それを縁どる白いレースということになる〉。井上靖の作品「海」の一節に、荒れ狂う波の映像が重なる。布は鉛色に染まってうねり、白いレースが激しく岸を打つ。海は巨大な生命体のようだ▼映画の語りに「人間の英知が海を汚していく」とあった。陸の主ゆえ、また、それがあまりに力強いから、人は海の衰弱に無頓着すぎた。調査捕鯨への無法行為などは、本当の危機を見えにくくするだけだ。英知で報いる時である。