社説
政権交代、その後/民意の成熟を映しているか
「言うは易(やす)く行うは難し」。新年、鳩山由紀夫首相の心中にはそんな格言が去来したに違いない。「友愛」という理想の前に厳しい現実が立ちはだかる。 残暑の政権交代から4カ月余。国民の期待は半ば実現し、半ば裏切られもした。2010年、わが国の政治はどこへ向かうのか。
明治期の思想家中江兆民が1887年に著した『三酔人経(けい)綸(りん)問答』。南海先生のもとを訪ねた洋学紳士(民権主義者)と豪傑君(国権主義者)が酒を酌み交わしながら、日本の来し方行く末を論じる。 「昔懐かしの元素」と「新し好きの元素」。豪傑君が政治を決定づける対立軸をこう表現している。
いわく、昔元素は「後に引かぬことを目的」とし、新し元素は「失敗しないことを目的」とする。二つの元素が同時に政府にあるときは、その施政はしばしば了解に苦しむようなものになる。仮に昔元素が勝てば政府の命令に決断力が、新し元素が勝てば周到さが表れるという。
2010年度予算編成をめぐる民主党の混乱も、この文脈で理解することができる。主役は二人。片や豪傑ならぬ昔かたぎの剛腕小沢一郎幹事長、こなた政治に新味を求める洋学紳士然とした鳩山氏である。
ガソリン税の暫定税率維持は小沢氏の決断力の見せどころだった。「財源がなければ、政治はできないでしょ」と言わんばかりの現実主義が顔を出した。 鳩山氏は小沢氏が求めた子ども手当の所得制限導入は、何とか押し返した。「社会全体で子どもを育てる」という理想主義者としての意地だろうか。
問題は「新し好き」鳩山氏の行動や言動に周到さが感じられないことだった。八方美人、つまりは「失敗しないこと」に気を配り過ぎた結果、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題は暗礁に乗り上げた。 基地問題で立ち向かう相手は「核なき世界」という理想を掲げながら、イラクとアフガニスタンで戦争を進める豪傑・オバマ大統領である。戦略に周到さがなければ、展望は開けない。
共同通信社の世論調査によると、鳩山内閣の支持率は47.2%と前回調査から16.5ポイント下がった。偽装献金問題に加え、「昔元素」に押される鳩山氏に国民は疑心を抱き始めている。 一方で、国民は無邪気に「新し元素」をもてはやしているわけではないことにも留意したい。暫定税率も子ども手当も、マニフェスト(政権公約)通りの完全実施には懐疑的だった。
借入金を含めた国と地方の長期債務残高は10年度末、862兆円と国内総生産(GDP)比で1.8倍に膨らむ。「これ以上、孫子の世代につけを回していいのか」。調査からは、そんな抑制的で成熟した民意も読み取れる。 南海先生は政治の本質をこう語る。「国民の意向に従い、(略)平穏な楽しみを維持させ、福祉の利益を得させること」。政権交代は実現した。問題はその先にある。民意を読み違えれば、政権は容易についえる。
2010年01月03日日曜日
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