
白パン(という名前の食パン)の袋を開けたとき、チーズの匂いがした。
おやっと思って鼻を近づけてもう一度匂いを嗅いだら、プレーンなパンなのにやっぱり同じ香りがある。
中身はぷるぷるとしてしっとりしているけれど、意外なほどさっと歯切れる。
その感じは、いままでに食べたことのないようなものだ。
風味が素直なせいか口に入れた瞬間にはあまり味を感じない。
ところが噛めば噛むほどどんどん味と香りがでてきて、いつまでもいつまでもそれがなくならない。

マールツァイトは、原料はすべてオーガニックを使っている。
ノアレザンのドライフルーツもオーガニックのもので、そのせいか味にとがったところがなく、まろやかである。
ノアレザンを齧って口の中でくるみとレーズンがはじけると、その甘さといっしょになることによって、小麦の甘さが刺激されてどんどん味がのびてくる様子が舌でわかる。
その感じを何度も何度も味わいたくて夢中で齧った。

このお店では、牛乳から起こした自家製の天然酵母「ミルク酵母」を使用している。
ミルク酵母は東毛酪農の「みんなの牛乳」という低温殺菌牛乳から作る。
この牛乳を飲んでしまうと普通の牛乳が飲めなくなってしまうぐらいおいしい。
低温殺菌というのはパスツール(種痘の発見で知られるフランスの科学者)が発明した63℃で30分加熱する方法で、雑菌だけを殺し、有用な菌はそのまま残す。
普通の牛乳はぐつぐつと沸騰させているので、生乳の風味は消えている。
低温殺菌の場合は菌を皆殺しにすることができないので、手間をかけて衛生的に牛を飼育しなければならない。
衛生的というのはどういうことかというと、それは牛舎に閉じ込めて輸入品の合成飼料を与えた大量生産品じゃなくて、放牧をして生えている草を食べ、できるだけ自然な状態で育てるということとイコールなのである。

マールツァイトのご店主である白井さんはその手間ひまを知っていて、
「一生懸命作った牛乳だから、私がいい加減なパンを作ることはできない」
とおっしゃっていた。
それは、マールツァイトのパンがおいしいということが、「みんなの牛乳」が優れていることの証明になるからだと思う。
スーパーで売っている普通の牛乳は沸騰させているので、確かにその時点では菌はゼロになるけれど、腐るのは低温殺菌牛乳より早い。
低温殺菌牛乳は牛の体中の細菌の生態系を破壊していないから、腐る(=体に有害な菌だけが繁殖する)ということがないのだろう。
だから、パン酵母を育てるときにも良質な低温殺菌牛乳から起こせば、腐敗することなく酵母菌が順調に育つ。

それから、普通パンを作るときに使うイーストは発酵力があるが、パン酵母だけを純粋に取り出したものなので複雑な味わいというのはない。
自家製天然酵母の場合、例えばすっぱくなるのはパン酵母だけではなく乳酸菌も育っている結果だけれど、その他いろいろな菌も若干量入っていて、微妙な影響を与える結果、複雑な味わいになる。
良質な低温殺菌牛乳には健康な牛のお腹の中の生態系が保存されているために、乳酸菌はじめ有用な菌類の働きがいろいろ期待できるのではないだろうか。
ミルク酵母のパン作りは、自然のあるがままにゆだねるということなのだと思う。(ぷ)
マールツァイト