一人遊びの能力
「引きこもり生活の快適さ」を高める能力として、ほかに「一人遊びの能力」があります。
一人遊びの能力とは、一種の“空想力”です。漫画やゲーム、Webの世界、もしくは自分の思考の中に作り上げた仮想世界に生きる能力が、長期間の引きこもり生活(=他者との関わりを最小化した生活)には不可欠で、これが苦手な人は引きこもれません。空想力が低いと、上記の女性の場合と同様、引きこもる生活の相対的な快適度が小さくなるからです。
興味深いのは、この“空想力”が実は社会やビジネスの現場でも重要だということです。「自分がこう言えば、相手(顧客や競合)はどう思うか、どう行動するか」「こんな商品やサービスが実現したら消費者や社会はどう反応するか?」を事前に空想する能力は、仕事に不可欠です。ビジネスや社会生活に有用な能力が、一方で社会と隔絶した生活を送るためにも役立つというのは皮肉なことです。
さらに言えば、この“空想する力が強すぎる人たち”は敏感で繊細で傷つきやすい。実際の世の中では、人は平気で他者を傷つけます。いちいち傷ついていたら心が持ちません。しかし、想像力の強い人たちは、相手が何気なく言ったことも必要以上にいろいろ妄想して傷ついてしまいます。それを避ける究極の方法が「部屋にこもって想像だけの世界に生きる」という選択肢なのでしょう。
ちきりんは「引きこもりが悪い」とも「減らすべき」とも強くは思っていません。大半の場合、生活費は親が出しているし、他人に迷惑をかけているわけでもないですから。ただ、引きこもっている当事者の多くは「この生活から抜け出したい」と思っているのではないでしょうか。もしそうならば、「何らかの支援をしてあげられたらいいよね」と思います。
引きこもりにならないようにするための方法
人が引きこもりにならないようにするための1つの方法は、こうしたとても傷つきやすい人たちが「傷つかない能力を身につけること」、もしくは「うまく傷つく方法を学ぶこと」だろうと思います。
人は鈍感になれば傷つきません。感受性や想像力が強い性格を根本から“鈍感化”するのは難しくても、訓練によって“慣れる”か、もしくは最初から“期待値を下げる”工夫などは効果があるのではないかと思います。
思えば昔は、子どものころから日常的に傷つく経験がありました。小学校の最初から◎○△ではなくて数字で成績が付けられていたし、運動会でも順位は明確でした。学芸会の主役はくじ引きや順番で“公平”に選ぶのではなく、“見かけがよくて明るいはきはきした子”を先生が選んでいました。親も自分の子どもを守るために学校にイチイチ介入きませんでしたし、「がっかり」「悲しい」「大ショック!」な機会は昔の子どもの方が多かったと思います。
すでに子どもではなく長きにわたって引きこもっている人で、「これから社会復帰をしよう」という場合は、“バッファー”として、少しずつ傷つくことに慣れながら働く経験ができる“訓練用職場”みたいな場所が必要かもしれません。そうではないと、“自室からいきなり社会”では今の現実はちょっと厳しすぎると思います。
また、「一生の間に、人間は全員100万回傷つくものです」とか教えるのもいい方法かもしれません。ショックなことが起こったら“正の字”を書いて数えればいい。何かあっても「ああ、これは100万回の中の1回なんだな」と思えるように。
ほかの方法でもよいのですが、とにかく「自分が傷つかない方法」をそれぞれの人が発見して身につけていかないと、人生ってのはつらすぎるし、現実ってのは厳しすぎる。そんな気がします。
そんじゃーね。
著者プロフィール:ちきりん
関西出身。バブル最盛期に金融機関で働く。その後、米国の大学院への留学を経て現在は外資系企業に勤務。崩壊前のソビエト連邦などを含め、これまでに約50カ国を旅している。2005年春から“おちゃらけ社会派”と称してブログを開始。
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