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【出版】毎年1千軒、「町の書店」激減が出版界に及ぼす大きな問題

2009年2月10日

  • 筆者 福嶋 聡

 10月号本欄で、星野渉氏は「本当の出版不況はまだ来ていない」と書いておられる。

 不必要に危機意識を煽りたてるのは好きではなく、またその弊害は大きいと思うので、星野氏の冷静な分析には賛同する。だが、そこに「危機」がないとは言えないし、星野氏もそうは言っていない。

 「本当の出版不況はまだ来ていない」というタイトルが、「早晩本当の出版不況が来る」という予想を含意している。

 インターネットの普及によって危惧されたほどには書籍の売り上げは落ちていない。だが、徐々に目減りしていることは確かだ。ボディブローのようなその目減りが、出版・書店業界に雪崩を引き起こす可能性は、否定できない。

◆「町の書店」が果たしていた役割

 書店業界にいる者にとっては、書籍販売における目減り以上に、もっと衝撃的な数字がある。21世紀に入って、毎年1千軒規模で、書店が消えていったことだ。2005年以降、さすがにペースダウンしているが、年々減っていることに違いはない。一方で、書店売場面積は、増加し続けている。

 書籍販売額が思った以上に減っていないこと、そして書店売場面積が増加し続けていること、ならば今やどんな小売業界にもある「構造改革」は不可避ながらも、全体として書籍・出版業界は安泰なのではないか。

 そうではない。

 「町の書店」の減数が、やがて大型チェーン店の経営をも、揺るがしてくるのだ。

 何よりも危惧されるのが、「読者」の「再生産」の問題である。

 私自身、学校帰りに駅前の書店で、「次は何を読もうか」と、書棚に吊り下げられた文庫目録を見るのが楽しみだった。そうした経験が継続することで、本への関心が持続し、私はとうとう書店人になってしまったのだ、とも言える。子どものころから日常的に大型店に行く人はいない。「町の書店」の減数は、やがて大型店に赴くようになる「読者」の「再生産」にとって大きな危機なのである。

 「町の書店」の減数はまた、星野氏が取り上げた「雑誌の不振」とも関係している。

 あるとき、文藝春秋の役員から「月刊『文藝春秋』の売上減は、『町の書店』が消えていったカーヴと見事に一致している」と聞いた。すぐに腑に落ちた。「文藝春秋」は、発売後しばらく「町の書店」の入口に積まれる「スター」だった。だが、コンビニエンスストアで買う雑誌ではないし、ましてやネット書店で買うものではない。敢えて言えば大型書店の雑誌売場よりも、「町の書店」の入口に積まれている方が似合う。

 思えば今年は、「論座」(朝日新聞社)、「現代」(講談社)といった有力総合月刊誌が姿を消した。「町の書店」の減少が、その一因である可能性は高い。

 また、週刊誌の退潮と「町の書店」の減少の関係も考えられる。週刊誌の方は、コンビニエンスストアや駅売店という販路を持っている。だが、そうしたところでは、週刊誌の「配達」は、まずできない。以前なら「町の書店」が運んできてくれたから定期購入していた喫茶店や理髪店、美容室などが、それがなくなったからといってわざわざ買いに出ることも少なかろう。一軒一軒の売上金額はしれていても、年間1千軒規模で「町の書店」が消えていけば、累計金額はかなりの額になる筈だ。

◆「町の書店」を襲った二つの荒波

 では、「町の書店」は、どうして激減していったのであろう。

 私どもジュンク堂書店をはじめとするナショナルチェーンの出店競争が槍玉にあげられることも多いが、自己弁護と見られることを恐れずに言えば、私はそうではないのではないか、と思っている。

 というのは、これまでの議論でも少しずつ触れているように、通学・通勤・買い物のついでに立ち寄る「町の書店」と、休日などを利用してわざわざ足を向ける大型書店とは、役割が違うからである。

 むしろ「町の書店」は、二つの新しい業態の影響をモロに受けてしまったのではないだろうか。その二つとは、24時間営業で雑誌も扱うコンビニエンスストアと、アマゾンをはじめとするネット書店である。

 「町の書店」にとって雑誌の売り上げシェアの高さは、ナショナルチェーンの、特に専門書を「売り」にしている私どもジュンク堂書店のそれの比ではない。24時間営業という武器に太刀打ちできないまま、根幹となる雑誌の売り上げが打撃をこうむったことは想像に難くない。

 一方で、売場面積的にも商品アイテム数に限界のある「町の書店」は、「注文しておいた本を取りに行く場所」であった。さまざまな努力・改善が行われているとはいえ、やはり出版・書店業界の注文品の入荷日数は、そして納期がはっきりしないことは、まちがいなく他の小売業の後塵を拝している。そこへかなりの低価格で送料サービスを行うアマゾンなどのネット書店が参入してきた。読者は、「町の書店」にもわざわざ行かなくなったのである。

 実を言うと、「町の書店」の減少の理由について、もう一つの仮説を私は持っている。

 仙台店時代のことである。仙台駅前の交差点の角という好立地にあったK書店の店長は、「いや、ジュンク堂が来て売り上げが落ちたわけじゃないよ。むしろ上がったくらいだ」と言って、親しくして下さった。

 ところがある日突然K書店閉店の話を聞いた。閉店日には挨拶に行った。先の店長の言葉は嘘ではないと、信じていた。

 しばらくして、それが間違いではなかったことを知った。

 「町の書店」は時としてあまりに立地がよすぎるのである。

 K書店のあとに開店したのは、「マツモトキヨシ」だった。(「ジャーナリズム」08年12月号掲載)

    ◇

福嶋 聡 ふくしま・あきら

ジュンク堂書店大阪本店店長。1959年兵庫県生まれ。京都大学卒業。82年、ジュンク堂書店入社。仙台店長、池袋本店副店長などを経て07年から現職。著書に『劇場としての書店』(新評論)など。

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