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社説

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読書年―街の図書館を使いこなす

 連休は読書で過ごす。そんな人も多いのではないだろうか。

 話題の本を手にとる。年末発表のランキングを手がかりにミステリーを楽しむ。古典とじっくり向き合う。冬のこの時期も、本とつきあうのに、いい季節だ。

 今年は「国民読書年」。本を読むのは個人的な営みだが、子どもも大人も気軽に本を読んで、物語を楽しんだり、生きるヒントや必要な情報を得たりすることができる環境を整える手立ては、社会全体で考える必要がある。読書年がその契機になるといい。

 誰もが本と親しむためには、図書館の充実が重要だ。

 国内には3100を超える図書館がある。ほとんどが都道府県や市町村の施設で、この10年で約1.2倍に増えた。しかし、内実が伴っているかというと、日本図書館協会の統計には心配な数字が並んでいる。

 施設は増えたのに、本などを買う資料費の総額は下降線をたどっている。1館あたりで計算すると1千万円足らず。10年前に比べて4分の3以下になった。司書ら専門家はどうか。2000年には7600人以上いた専任職員が1千人以上も少なくなっている。

 図書館の数もまだ、国際的にはかなりの低水準だ。人口あたりの館数は先進7カ国の最下位。平均の半分にも満たないという調査もある。

 地方財政が厳しい中、多くの自治体で、図書館の予算をにわかに大幅に増やすのは難しいだろう。しかし、地域の人々の知恵を集めて、より良くする工夫はできるのではないか。

 例えば、近隣自治体でネットワークを作り、複数の図書館が役割を分担して専門的な本や資料をそろえ、融通し合って利用者の要望に応えるといったやり方も考えられる。県立など大きな図書館による小規模館への積極的なサポートなども進めたい。

 とくに、子どもたちが本と触れ合う拠点にしたい。読み聞かせなどで読書の楽しさを伝える。一方で、知りたいことを調べるために適切な助言をし、資料を使いこなす力を培う。学校図書館とも連携し、子どもと本の結びつきを太く強くしなければならない。

 こうした態勢をつくるには、行政の柔軟な発想と、専門知識のある人材の配置が欠かせない。逆に言えば、それさえ実現すれば、効率良く、貴重な社会基盤を築くことができる。

 古今の英知を体系的に蓄え、未来に伝える。豊かな精神を育み、知性を鍛える。豊富で確かな情報を集めて提供し、住民の生活や仕事に役立てる。図書館は多様な機能を持った知恵袋だ。行政の担当者、図書館で働く人たち、住民らが協力して素晴らしい図書館を育てれば、それは地域社会の優れた核になるはずだ。

高齢者虐待―介護疲れを見逃さない

 川崎市の内田順夫(まさお)さん(72)は、認知症の妻好子さん(72)を自宅で介護して17年になる。好子さんは50代半ばで発病。病状が進むと暴力や徘徊(はいかい)が続き、棚から食器を放り投げた。

 「いらいらして、腕やほおをたたいてしまったことが5度あります。妻を殺して自分も死んだ方がましだと考えたことも」と打ち明ける。

 厚生労働省の調査では、高齢者への暴力や介護放棄、金品の詐取といった虐待の例は、2008年度で約1万5千件。前年より1割強増えた。

 同居の家族による虐待がほとんどで、加害者は息子と夫で6割。家事や排泄(はいせつ)の世話が苦手な男性特有の介護ストレスもあるとみられる。

 自宅で介護する家族の4分の1にはうつ状態が疑われた。「介護うつ」である。「死んでしまいたい」と考えたことがあるのは64歳以下で2割、65歳以上で3割だった。無理心中や殺人事件につながる例は各地で事欠かない。

 犯罪行為や暴力は許されない。だが、介護を受ける人だけでなく、介護を担う家族にも十分な配慮が必要になっている。70代の人を介護する家族の半分以上が70代以上、という老老介護の現状をみれば、なおさらだろう。

 介護保険制度が始まって今春で10年。だが家族の負担はなお重い。負担の実態を丁寧に調べたうえ、住み慣れた地域でできるだけ長く暮らせるようなサービスの充実が重要だ。

 とはいえ、それだけで解決できるものでもない。

 「介護の負担感は」「ほかの家族は協力しているか」「サービス利用をいやがらないか」「飲酒問題はないか」

 名古屋市はこんなチェック表を作り、ケアマネジャーらが虐待リスクを数値化できるようにした。これらを目安に介入の必要度を判断し、弁護士や精神科医らも交えて具体策を練る専門チームを立ち上げる。こうした取り組みがもっと広がってほしい。

 今春、高齢者虐待防止法が施行されて4年になる。保護や家族支援のための自治体予算をきちんと確保する、といった対策が強化されるべきだ。それとともに、体にあざがあるお年寄りや疲弊した家族がいないか、地域で気を配りたい。

 内田さんの怒りや恨みがあきらめに変わり、状況を受けとめられるようになったのは、妻がほぼ寝たきりとなった10年ほど前だ。介護や家事のこつをつかみ、医師や介護士、介護仲間と出会って気持ちが楽になった。

 「先行きが見えず不安なときが一番虐待の危険がある」と自らの心の揺れを踏まえ、分析する。

 まずリスクに気付き、対応できる行政や福祉関係者につなぐ。地域で見守る。こうした作業の積み重ねが、虐待の撲滅につながる。

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