村田春樹の諸問題

卒業後は、かつての同志から政治集会などに誘われても、常に無視をし続けていた村田春樹が、「定年後」生活を見据えて、元「盾の会」の看板を掲げながら近年、政治の世界に戻ってきましたが・・

村田春樹について 3

腰に手を当てて演説する村田春樹 <村田春樹:なぜ職場まで4時間かかる場所へ引っ越したか?>
    彼の勤務先は、東京の東部であるという。引越しをすることで通勤時間は「倍」になったという。
    したがって、彼の勤務先から遠い、「川越」に引っ越す理由が見えてこない。(往復4時間かかっているという。引っ越す必要性はあったか?)
    もしかしたら、近所の住民とも、村田春樹は、同じような横柄な態度で接していたのかもしれない。
    そういうことで生じた彼への評判を彼自身は、どう認識していたか?もちろん彼自身、彼自身への批判には鈍感なほうであり、気付いていても無視するような厚かましさがある。
自分で選んだ新居までの通勤時間(村田が言うには往復4時間だそうだが)を繰り返しては、他の人たちに何か作業をするように言われては、それをサボったり断ったりする口実にしているとも聞く。
まぁ政治運動を地道になっている人たちのなかには「一戸建てを買う」だなんてことは考えず、自腹で政治活動を負担して、政治活動に打ち込んできた者が多い。そこらへん、村田君は考え違いをしているんじゃないか?

   
<村田春樹:「慇懃かつ尊大」>
    加齢を根拠に威張るというのであれば、村田氏が彼より年長者のお年寄りに対して、偉そうに威張っている光景も、整合性がつかない。つまり、村田春樹には原理原則は無く、単にワガママなだけかもしれない。
ただ、定年後の再就職も考えている(という)村田氏は、地位のある(と彼が考える)人
には、非常に平身低頭である。村田氏のことを「慇懃かつ尊大」と言った人が居て、当初は意味が分からなかったが、実際に村田氏の人に対する接し方を見て、その人物評の適切さを痛感した。
(なんで、定年直前になって、急に村田君が運動に復帰してきたんですかね?は多くの人が指摘するところである。まぁその意図は明瞭であるにしても・・)
  「本を書きたい」とか、「評論活動をしたい」とか言う村田氏は、2年後の定年後に、無職無収入になるのがイヤと彼は言う。「だってね、私は、資格も何も持っていないんですよ?いまからこうやって、定年後の仕事につなげたいんですよ」と当初は、言っていた。運動復帰の動機である。後に、村田氏のその姿勢は、とある人からの注意で、そういう発言はしないようになったという。(また、子供が大学生で生活が苦しいとか、一戸建てを買って生活が苦しいとか、周囲に繰り返し村田は言うが、それは村田氏自身が決めたことじゃないのか?)
事実、こうやってネット動画に「出たがり」の彼 自身が露出することによって、市販のムックに書く機会も得ている。それゆえ、そういう人脈は、定年前のいまのうちに作っておきたいということかもしれない。
彼にメリットをもたらすであろう人物に対して丁寧に応対することは問題でもない、また地方議員をつかまえて、「総理大臣にしたい」と慇懃なほめ言葉をだすのも第三者としては問題ではない(いわれる側は迷惑かもしれないが)。単に村田特有のゴマスリにすぎない。そこまでは、まだ許容できる。
村田氏の問題点としては、彼が「自分よりも下」だと感じた人物(若い人たちや、おとなしそうな参加者)に対しては、極端に高圧的な態度になっているところである。
立場上、閑職にあるので、自由時間をもてあます58歳の村田が、20台の気の弱い医学生に面倒な部分を押し付けて、責任が発生しそうになると、常に「私は会社員だ」といって逃れようとする。まぁ会社員というのは別に珍しい職業でもなんでもないだろう。
彼が気付いているのか否かは不明だが、会社でも30年間そういった感じだったのだろうか?
彼の元同僚や元部下は、どうして村田春樹の政治活動を応援してくれないのだろうか?その答えがここにある。
まずは人格の修養から着手しては、どうか?
   
<まとめ>
    村田に足りないのは地道さである。いわゆる「行動する保守」として活動しているほかの人と、村田を比較してみると、違いに愕然とする。
    たとえば、西村修平は、サラリーマンなどの正業に就きながら、政治運動を継続してきた。(西村修平氏は村田と違って、勤務先を強調することは無いが、その西村修平氏の対応が普通であり正常である)
    瀬戸氏も、市役所を辞めて、運動の世界に飛び込んできた。上記の村田氏のような打算は無い。
    西村氏も瀬戸氏も、両名共に録画カメラが無い時代から、インターネットが無い時代から、地道に街頭で主張を訴えたりビラを配布したりしてきた。
    しかし、学生時代に「盾の会」に所属していた「経歴」を若い人相手に、しきりにひけらかす村田氏は、同時に彼が途中で運動を辞めたことには言及しない。都合の悪い事実を隠す彼の性格は、彼が思う「要領が良い」ではなく「ずるがしこい」と判断されても仕方が無い。
    冒頭にあるように、かつての運動仲間からの誘いを無視し続けた彼は、学生運動後も運動を続けていた人たちを(彼らが居ない場所で)馬鹿にする発言をする傾 向にある。
    それは、おそらく、卒業後に民間企業就職しないで、運動を続けた人たちよりも、社会人として政治運動からはなれていた自分自身のほうが「社会的地位が上」 なのだという認識が、村田氏自身の「価値観」のなかで強いのだろう。(だから、必要の無い場面で「会社の名刺」を出すのだろう。彼が言うには「上場企業です」とのことだが、そもそも上場企業自体珍しくないと思う)じゃあ、村田氏が、西村修平氏のように会社づとめしながら政治活動をしたかというと、そう でもない。そういう地道な作業は村田氏の嫌うところである。定年後(の収入)につながるから運動を近年になって再開したというのとは、動機の面でまったく違う。
    そして、そういった地道な政治活動をしてきた人たちを軽視する傾向に村田氏は、ある。街頭で宣伝してきた人たちを「チンピラ右翼」と村田は呼称する。
    で、ネットでビデオカメラによる動画が配信される時代になってから、村田氏が、「(彼が言う)過去の政治活動歴」を引っさげて、政治活動の世界に戻って きた。もし、ネットでの動画配信が普及していなかったら、村田氏は、運動の世界に戻ってきただろうか?とも思う。
    ネットでの動画配信が無かった時代に「目立たない演説」に参加することには興味を示さなかったように、現在も「目立たない作業」には決して興味は示さない。村田氏に、人間的な成長は無かったように思う。
    批判には拒絶反応を示さず、人間的な成長をするための糧として、村田氏はとらえて欲しいものである。彼の行動が若い運動の芽をつぶしていないか常に彼は自省するべきだろう。
    もし批判を自分の糧として受け入れる余裕が村田春樹氏にあればだが。
人気ブログランキングへ

村田春樹について 2

腰に手を当てて演説する村田春樹
<村田春樹へ:同世代に相手をしてもらえるような人格を身に着けること>
たしかに、「先生」と呼ばれる職業は、存在する。医者であるとか弁護士であるとか、また学校教員であるとか、学者であるとか。しかし、サラリーマンや会社 員は「先生」と呼ばれることが、ほとんど無い。それを当たり前と思うか、それでも「先生」と呼ばれる会社員に(どうしても)なりたいと思うかは、その人の 個性だろう。
さて、村田春樹は、ネットで集まった若年層に、前述のような博識をひけらかそうとして、話をすることが多い。彼特有の自慢げな自信に満ちた表情で、「(お 前達は、こういうのは知らないだろう)」という表情で、得意げに(上から目線で)語る。ときおり、村田春樹がレジュメのような紙をめくりながら語っている 光景があり、「ああ、この会社員は、この日のために(わざわざ)調べものをしてきたんだ」というのを露骨に感じさせられる。自分が出来る範囲で出来ること を地道に行えばいいのだが、わざわざ知らないことを調べてきてまで、公衆の面前でしゃべりたがるのである。

さて、行動する保守の運動で、他の3人(瀬戸、西村、桜井)は、自分で「先生」と呼ばせることはない。もし「先生」と呼ばれても「いや、私は先生なんかじゃ ありません」と反応する。しかし、村田春樹と直で接した人間なら分かることだが「村田先生」と呼ばれると(まんざらでもない表情で)応じてくる。
村田の感覚としては、自分が「先生」と呼ばれるのは、当然のことであり、周囲も、そう呼んで欲しいと考えている。
もちろん「村田を"先生"と呼ばない学生」よりも「村田"先生"と呼ぶ学生」に彼は愛想が良い。

http://genyosya.blog16.fc2.com/blog-entry-1399.html
>在特会の懇親会で村田春樹先生が法務省の天下り先として人権擁護法案を成立させたい人達がいると仰ってました。

まぁ時々、先生をつけたブログを散見する。「先生」をつけないと不機嫌になる人と認識されているからだ。(正確に言えば、「不機嫌になるときもある」が正しい)

このような傲慢さは、演説直後の村田のマイクの受け渡し光景にも、ハッキリと現れている。

5.2外国人参政権反対デモ行進! その1(村田春樹氏)
http://www.youtube.com/watch?v=KcUhd8WIWas

(最後あたり)

マイクを受け取る女性は、演説はしないが雑務をこなしている。このような雑務を負担する人間が存在しないと政治運動は維持できない。その一方で、ふんぞり 返って、マイクを(相手の顔を見すらしないで)背中で渡しているのが村田春樹である。まぁ現職の大臣でも、ここまで傲慢な態度は取らないだろう。
小さな会社の会社員が絶叫口調で語る。そして「そうだ!」と言ってもらえる。この非日常は彼にとっては快感なのだろう。しかし、彼の休日の演説を彼の職場の同僚は、誰一人として聞きにきてくれないのである。

しかし、こういった場は、村田にとっては快感のようで、(村田が言うには)妻子が止めるのも聞かず、毎度の休日には、こういう演説をするために、欠かさず政治集会に出ているとのことである。(政治運動の雑務をするためではなく、自分に快感を与える演説をするためである)
そういう生活を繰り返していると、村田春樹のプライドや自尊心も過度に肥大化する。家族が注意しても聞かないわけだから、誰が注意しても聞かないだろう。 むしろ、彼に当該事実を指摘すると、村田春樹は、その指摘をしてくれたひとを敵視するだろう。そういう領域に彼は踏み込んでいる。彼は被害者意識が非常に 強い。
彼のこのような病気の治療法としては、休日は、(実子くらいの年齢の)年少者に壇上から演説するような生活をやめて、かつての同級生や同僚など、村田春樹と同年代(同学年)の人物と健全な人間関係を築けるようなリハビリを行うことが必要である
たしかに、初対面であっても、いちおう年少者からすると、58歳ていどの村田春樹には、それなりに(年長者として)尊重した態度で接してあげるが、年少者たちにとってはマナーになっ てくる(敬語など)。そういう環境に普段から村田が身を「毎週」置いていると、村田春樹は自分自身を強烈に錯覚して、社会的な地位のある人物になったかのような幻想に嵌(は ま)る。
このような状態の村田をかつての同僚や同窓生が相手にしてくれるか否かは疑問であるが、周囲が注意しにくい以上、自分から直す心構えが必要である。

人気ブログランキングへ

村田春樹について 1

腰に手を当てて演説する村田春樹

私が村田春樹を紹介される前、村田春樹には数種類のマイナスの風評があるのは知っていた。
しかし、周囲の人が、マイナス評価をしているからといって、そのマイナス評価を信じるということはしないようにするのが私の信条である。
その人の評価は、自分が直接に会った時に決めればいいと思っていたからである。
村田春樹について、多くの人が言っていたのは、このような評判だった。
「学生運動をやってたときは、あんなに目立ちたがりで運動していたのに、社会人になったら、こちらから連絡を寄越しても、一切無視するんだよ!」とか
「あいつ(村田春樹)は、人前で目だって演説したりするのは、好きだけど、面倒な地道な作業は他人にやらせたがる」というものだった。
村田春樹を近くで知る人ほど、村田春樹に否定的評価をする。村田春樹を遠くで知る人(たとえばネットで村田の演説動画を見たなど)ほど、好印象で彼を見る。そういう傾向がある。

まぁ、どちらの風評も、私にとっては、直接に、村田春樹氏の被害にあったわけではないので、彼の知り合いたちが言うほどには、切実な問題点であるようには思わなかった。
という私の考えもあって、別の人から村田春樹氏を紹介されたときに、特に断る理由もなかったので、会うことになった。

さて、初対面後の、村田氏の自己紹介の内容。
村田氏は、村田氏自身が言うには、生命保険会社を退職後、(生命保険会社が株を持つ)文房具会社に転籍(左遷)で、送り込まれたとのこと。
まぁ政治活動をやってるひとは、一般的に自分の勤務先は、言いたがらないものだが、彼は、勤務先企業名を繰り返し言う。
まぁ、この経歴からは、彼は、どこにでも居る凡庸なサラリーマンにすぎないわけだが、特に政治活動をやる上で、誰かに伝えなくちゃいけないような特別な経歴でも職業でもないだろう。(弁護士や行政書士なら、政治・法律とも関係あるので、説明したほうが分かりやすいだろう)
まぁ通常、自己紹介するときは、肩書きは「会社員」でいいんじゃないかな?
ここでは、勤務先会社名を伏せているが、実は村田は、「チャンネル桜」という愛国保守のCS放送にでたときに、いちいち自分の勤務先の具体名(会社名)まで述べている。(このような自己紹介をする人物は前例が無い)
そんなに大きくない文房具会社(パートを含めて社員わずか500名以下)であるが、彼が自分の勤務先をCS放送(およびyoutube)で動画で、述べたことによって、当然ながら「チャンネル桜」に批判的な左翼(?)の人たちが、彼の会社に抗議電話などをしてきたという。
村田春樹氏は、こうやって勤務先会社に、不特定多数の電話がかかってきた件について「左翼のひとたちの被害にあった」という受取かたをしているようで、村田春樹氏自身を被害者だと思っているようだった。
しかし、自分自身の意思で勤務先を公表した村田春樹氏自身が被害者という彼の主張は正確ではなく、いきなり抗議目的でかかってくる多数の電話を受け取らざるを得なかった会社の人たちこそ、村田春樹氏の被害者だったという客観的な認識が欠けていた。(まぁ私が、その会社の事務員だったら、正直、村田春樹氏の勤務先暴露は、迷惑に感じますね)
あと、CSテレビ出演については、そもそも勤務先の許可が(社会通念上)必要だ。もっといえば、ただ単に出演するだけでも勤務先の許可を必要と考えるのが常識的だが、勤務先をCSテレビ局に言わせて紹介させるのであれば、なおさら職場の許可は必要だ。そういう常識が一切欠落している行動も彼特有の特徴だが、彼自身は正しいと頑なに思っているようだ。

このような一風変わった、彼の(やや常識を欠く)自己紹介を聞かされたとき、私は「もしかしたら、村田氏の勤務先会社に抗議電話をしたのは、本当は、左翼の人たちではなく、左翼のフリをした彼の周囲の人たちなのではないか?」と思った。つまり村田氏の近くに居ると、村田氏の人間性の問題点が見えてくるのである。
(前述の人たちの村田春樹氏に関するマイナス評判とは別に)後に分かったことだが、彼の態度は、尊大で、他の周囲の人たちを不愉快にさせている光景に何度か遭遇したからである。彼が気づかないうちに、彼自身が運動体(周囲)に迷惑や不快感をかけているということがあるのであろうと推測できる光景だった。
初対面の村田春樹氏は、相手が話しているのをさえぎったり、また別の同席者に対して不機嫌を表情ですぐに表したり、ちょっと幼稚で傲慢なところが散見された。特にネットで集めた政治運動の場では、村田氏の傲慢さは、若い参加者を前にしたときに、激しかったのが印象的だった。果たして、村田氏の周囲は、彼をどのように受け止めているだろうか?

<大言壮語>
村田春樹氏は、頻繁に大言壮語をする。「私の夢は○○(都議)を総理大臣にすることです」。彼の発言を聞いた人は、一瞬にギョっとする。いまどきキングメーカー(死語?)でも言わないような「**を総理大臣にする」という言葉。
まぁ言われた都議のほうは困惑しているだろうが、国会議員ですらない都議に、そういう発言をすることで、どういう失礼が発生するか、村田春樹氏は、少しでも推察できているだろうか?繰り返すが、村田氏は小さな会社の会社員である。そういった能力のある人物ではないし、政治業界の人物でもない。
さて村田春樹氏のこの大言壮語を聞いた、有る人が村田氏に、おちょくって、こういう皮肉に富む発言をした。「(**を総理大臣に出来るというんだったら)じゃあ、まず、福田首相の倒閣運動をやってくださいよ」と。(おそらく、総理を作る能力が村田氏にあるのであれば、内閣をつぶす能力もあるだろう?という皮肉に見て取れた)
すると、自信過剰の村田春樹氏は、その発言を真に受けた。「みなさん、私の能力を高く評価しすぎなんですよ」「私はただのサラリーマンですよ。そんなことできるわけないじゃないですか」
つまり、村田春樹氏は、常日頃の大言壮語のカウンターパンチとして、そういう皮肉(倒閣運動は?)を言われたというのに、まったく気づかないで、野心家で目立ちたがりの彼らしく「彼自身(村田春樹)が高く期待をされている」と彼らしく誤解したのである。おそらく、彼が彼自身の能力を自分で高く評価していることの証左だろう。
上記のような指摘をされた後も、傲慢な村田氏は、継続して「○○(都議)を総理大臣にしたい」と(特定の人々にとっては)迷惑な発言を継続している。村田氏は彼の奇行についてアドバイスをしてくれる人に恵まれたが、彼自身がそのアドバイスを咀嚼して理解する能力が徹底的に欠けている。
奇行で評判のある人物に応援されることほど、政治家にとって迷惑なことは無いだろう。が、村田はそれが推測できない。


<雑務を嫌う>
上記のとおり、「**都議を総理大臣にしたい」と厚かましく公言していた村田春樹氏である。ちなみに今月2009年7月に都議選があった。当然ながら、その都議は、継続して都議選に立候補したわけだが、普段から大言壮語までして支持を表明する村田春樹氏が応援(手伝い)に来ない。多くの運動員は、会社を有給休暇を取ったりして、休んで、その都議の応援にかけつけていた会社員(賃金労働者)である。
村田春樹氏が言うには、その生命保険会社から左遷され(転籍し)た文房具会社は、仕事らしい仕事もなく、勤務時間中はけっこう自由だということだ。(まぁ要はサボっているわけだが)
というわけで一般の会社員や公務員よりは、はるかに、自由時間があるので、その都議の応援(手伝い)に行ってもよさそうなものだが、いっこうに村田春樹氏は来ない。明らかに一般人よりはヒマ(自由時間)があるのが村田氏である。
そういう状況もあってか、村田氏の知人が、遠まわしにこう尋ねた「村田さん。今度の都議選は、どうされるのですか?」。この質問が、その都議の知り合いが、村田氏に、暗に応援(手伝い)に来るように、要請しているものであるか。それとも都議自身からの(人を介した)間接的なお願いなのか、真相は定かではない。(まぁ都議本人から直接は言えないですよねぇ)
しかしながら、あれだけ普段から、大言壮語して(危機感をあおるような演説を顔をしかめて)、「国家が!」とか「外国人参政権が!」と目だつ場所に立って、発言の機会を与えられて、(一般人がみれば、偉そうに)群集を前に、演説して檄を飛ばす村田春樹氏が、都議選に関して、まったく行動を起こさない(雑務を手伝わない)光景は、(村田氏の日常の発言を知る者にとっては)納得のいかないものだっただろう。
事実、村田春樹氏は、外国人参政権を要求する民団の集会(デモ)の路上行進に会わせて、歩道から抗議をするという行動をやったときに、村田は何といったか?
「みなさん、もし、外国人参政権が成立したら、ここにいる皆さんたちは亡命しないといけないですよ。(それくらいの緊張感を持って運動に取り組め)」という檄を飛ばしている。その発言をした張本人が、しかも普段から支持を表明している都議の応援に来ない。いざというときに無責任なのである。もしくは責任という概念が村田氏には無い。
その点が、冒頭の、古くから村田氏を知る人物による村田氏への人物評(「あいつ(村田春樹氏)は、人前で目だって演説したりするのは、好きだけど、面倒な地道な作業は他人にやらせたがるよね」)なのだと分かった。
最初から、村田氏は都議選に関して、スタッフとして入り、選挙の単純作業を手伝うという気はさらさら無かったようだ。
村田春樹の「○○都議を総理大臣にします!」発言は、第三者から観ると、非常に薄っぺらい。しかし、彼は、その都議には媚を売ることに成功して、信頼も得れていると本気で思っていて、挙句の果てに、その面識を誇示する。悲しいほどに滑稽である。
しかし、なんとこういう話がある。
「事務所開きの日を教えてください。駆けつけます」
おそらく、事務所に集まった人たちを前に、目立ちたがり屋の村田春樹氏は、なにか演説を行う魂胆だったのだろう。しかし、選挙事務所で求められるのは、地道な単純作業に労力を提供してくれる献身的な人物であり、(村田氏特有の)自己の名前を売るために目立った欲深い利己的な行動に、選挙を利用する目立ちたがり屋さんではない。
「挨拶」ではなく「作業」が求められている選挙現場で、村田氏のような申し出は、どのように受け止められたであろうか?
村田春樹氏の本質をあらわに露呈させる好例ではある。
ちなみに、その都議は、選挙期間中は、そういった(愛国保守系の)政治主張は、最初から最後まで行わなかった。
なお、選挙は「地域住民」による運動員により行われる。村田氏のような(一般人からは過激と思われる)政治演説をする人物が選挙事務所に来たとしても、選挙事務所としては、表には出て欲しくない。少なくとも、「名刺」は配って欲しくない。
しかし、彼は政治的主張の濃い演説をして、彼の名刺を配って名前を売るのが目的である。地域住民(や選挙事務所)に拒絶される行為であることが村田春樹には見えていない。
(また、彼が雑務を嫌う点については、後述するが「プライドの肥大化」がある)


<「外国人参政権に反対する会」に、若い人たちが定着しないのは何故か?>
他の保守系の運動体では、代表者以外も発言機会が与えられている。確かに政治運動に参加する人には、自分の主張を持っている人が多く、その政治的主張の機会を得たいというのも、当然の欲求であろう。
さて、youtubeや公開の場所(路上など)で、演説している人のうち「外国人参政権に反対する会」で演説している人物といえば、誰が浮かぶだろうか?多くの人たちにとっては村田春樹だけが思い浮かぶだろう。
したがって、村田春樹が、「外国人参政権に反対する会」の会長であると認識している人も多いだろう。(もちろん、村田春樹が、外国人参政権に反対する会の「象徴的人物」になりたがってるのは事実である)しかし、実際は、彼は「会長」ではない。
代表は○○○という医学部の学生さんで、もし「外国人参政権に反対する会」として法律的な問題(訴訟など)を抱えると、責任は、その会長(つまり学生)に、及ぶというシステムになっている。ちなみに代表の立場を押し付けられた医学生の彼は、非常に若く、村田氏の子供と同世代の年齢である。
村田氏は58歳程度の人物である。それを実子程度の年齢に法的なリスクを押し付けて背負わせて、運動をやっている。たしかに、彼は「安全な場所から、いろいろと自由に言いたい放題いえる」ので、彼自身の都合としてはイイとのこと。58歳の大人がやるには、ワガママであつかましい。
彼としては「演説で目立つことが出来る」し「法的責任や雑務から逃れられる」と要領よく立ち回ったと主張する。しかし、そんな発想の無責任な人間(村田)がでしゃばっている組織が伸びるわけが無い。
もちろん、演説等でも、形式上「会長」である学生の姿を見ることは無い。youtubeで「会長」である彼が演説した光景を見たことは無い。
彼は、おとなしい青年で、村田が「外国人参政権に反対する会」の許可無く、勝手に行動してしまう件に悩まされていたようだ。(この点は、会社の許可無く、テレビに出る奇行で、勤務先に迷惑をかけて件と、共通している)
こういった雑務のなすりつけと、責任のなすりつけを村田は、サラリーマン時代ずっとやってきたのではないかと推測する。たしかに、職場では、こういう村田のような類の人種をみかけることが、ときどきあるのではないだろうか?
さて、こういう無責任な人間が、無軌道に目立とうとしている組織が伸びるだろうか?


<村田春樹:休日の過ごし方>
    村田春樹が言うには、学校卒業後、生命保険会社で、長年、会社員をしていたという。そして、生命保険会社から、その子会社の文具会社(社員はパートを含めて500人以下)に左遷(転籍)させられたという。その左遷(転籍)の原因は良く分からないが、いずれにせよ、会社員として、長年、世間に出ていたわけであるから、取引先であるとか、同僚であるとか、それなりの数の知り合いが居てもよさそうなものである。
    一般人であれば、職場を通じて、知り合った人間と、休日を過ごすこともあるだろうし、多くの企業であれば、企業内サークルなどもあり、職場の人間と、休日にも交流のある場合がほとんどである。
    しかしながら、村田春樹の休日の予定を見てみると、そういった会社の人たちとの交流が一切無い。彼の職場での人物評は、いかがなものか?それが良く分かる結果ではないか?
    かといって村田氏が家庭の用事をしているわけでもなく、職場の人間と良好な人間関係を築けているわけでもなく、どうにか彼(村田春樹)の相手をしてくれる環境が、この「行動する保守」の運動であったりする。
    村田(58歳)は、同年齢世代の人間と交流するのではなく、インターネットなどを見て集まった、若い世代の学生などに対して「上から目線」の口調で、実子と同じくらいの年齢の人物達に、自分をアピールする演説を(やや傲慢な口調で)する。
    彼のを聞いていると、よくわからない脈絡で、(唐突に)彼の自慢が織り込まれていることが多い。たしか桜井誠氏の出版記念講演の際だった。在日特権に関する本だったと思うが、にもかかわらず、村田春樹が「被差別部落」について語っていた。地名を挙げつつ、彼の博識を披露するのであるが、そもそも、その日の集会は、在日特権に関する集会であり、桜井誠氏のハナシを聞くための集いであった。したがって、本来は、村田春樹は、登壇する予定ではなかったのだが、(その博識を披露するため)登壇し、ハナシの最後には「○○大学の図書館の館長は、私の知り合いなので、顔パスだから、紹介して欲しいひとは居ますか?」と締めくくった。(ちなみに彼は、彼にも執筆依頼が着ていて、彼の本が執筆されるようなことを言っていたが、村田春樹著の単行本とやらは、いまだに、どこの出版社からも発売されていないようだ)
    そもそも村田が図書館長と知り合いだとして、それをその集会で披露されることに、その館長氏は同意しているのか否か、気になるところでは有る。しかも、予定外の登壇を強行した村田氏が(村田氏は行動に「強引さ」が目立つ)、その大学図書館が「顔パス」であるとの情報は、やはり聞いている者の多くにとって、想定外の自慢話にすぎない。やはり、数名が「?」と顔をしかめていた。その光景とは、みごとに対照的に、村田春樹の顔は満足感で上気しており、気持ち悪いくらいに、村田の自己満足感を露呈していた。まぁいわゆる面識を誇示することによる自己顕示である。しかし聴衆は桜井氏の話を聞きにきたのであり、村田氏の話を聞きにきたわけではない。もし、そういう場所で村田氏が話をするのであれば、その出版との関係する内容だけに話を限定するべきだろう。そういった常識が村田氏には無い。
    こういう性格であれば、またこういう行動を普段から職場でも繰り返していれば、(しかたがないが)職場では白い目で見られるだろう。たしかに日本の職場では、年功序列で「加齢」により上司に「適性の無い者が」なったりする。そうなると、彼より若い年少者は、一応は、そのような自己満足感むき出しの村田春樹の自己顕示欲に、仕事として付き合わされることになる。しかし、そういった「いびつ」な人間関係である以上、休日も彼の相手を同僚がしてくれるということはない。
    現在の村田の境遇で、興味深いのは、左遷(転籍)とはいえ、村田は親会社からやってきた人間だということである。このような老廃管理職を受け入れさせられる子会社のほうとしても、彼のさらなる増大する横柄な態度に、忍従しなくてはならないということである。老廃管理職として送り出された村田春樹自身のほうも、左遷(転籍)前に親会社での態度より、より徹底的に横柄な態度を取ることが出来る。
    その結果とは言わないが、左遷(転籍)前に所属していた会社(生命保険会社)の元同僚も、左遷(転籍)後に所属している現在の会社(文房具会社)からも、彼の休日の活動の、応援には来ない。応援とまでいかなくとも、見に来るということすらない。
    一般的には(選挙なども含めて)政治活動には、かつての同僚などが駆けつけて応援をしてくれたりするものである。政治思想はさておいて、その人の人格を評価して、交友関係として、政治活動を手伝うということが多い。しかし、村田春樹の場合は、30年以上の賃金労働(サラリーマン生活)の過去があるはずなのに、村田春樹の政治活動を手伝おうとする人間は、彼の職場の交友関係からは、一人たりとも現れない。    彼が職場でどのように同僚たちから思われているかを顕著に露呈してしまっている。
    (ちなみに、彼は、CS放送に出演する機会を得た際に、自分の出演を職場へ知らしめたいとの思いから、必要も無い職場名(企業名)を自己紹介として、放送させ、視聴者から、職場にクレームが来たという前述のような前歴がある。自己紹介は単に「会社員」でよかったんじゃないか?したがって、彼の職場では、多くの者が彼が政治活動を派手にやっているというのは知っている。しかし、(村田の政治活動を知っている)同僚は、彼と休日を過ごそうとは思わないのである。)
    学生の参加者が、学校の友人などを誘って参加している例が多いのと比較しても、対照的である。まずは学校や職場で知り合った人間関係を大切にして、そこから信頼関係を得るようにしないといけない。しかし、彼の場合は、彼の性格(目立ちたがり屋で、雑務は人に押し付ける傾向)が災いして、(職場などの)彼と近い人間ほど、彼に拒否反応を示してしまうのである。
     
<村田春樹へ:同世代に相手をしてもらえるような人格を身に着けること>
たしかに、「先生」と呼ばれる職業は、存在する。医者であるとか弁護士であるとか、また学校教員であるとか、学者であるとか。しかし、サラリーマンや会社員は「先生」と呼ばれることが、ほとんど無い。それを当たり前と思うか、それでも「先生」と呼ばれる会社員に(どうしても)なりたいと思うかは、その人の個性だろう。
さて、村田春樹は、ネットで集まった若年層に、前述のような博識をひけらかそうとして、話をすることが多い。彼特有の自慢げな自信に満ちた表情で、「(お前達は、こういうのは知らないだろう)」という表情で、得意げに(上から目線で)語る。ときおり、村田春樹がレジュメのような紙をめくりながら語っている光景があり、「ああ、この会社員は、この日のために(わざわざ)調べものをしてきたんだ」というのを露骨に感じさせられる。自分が出来る範囲で出来ることを地道に行えばいいのだが、わざわざ知らないことを調べてきてまで、公衆の面前でしゃべりたがるのである。

さて、行動する保守の運動で、他の3人(瀬戸、西村、桜井)は、自分で「先生」と呼ばせたがらない。もし「先生」と呼ばれても「いや、私は先生なんかじゃありません」と反応する。しかし、村田春樹と直で接した人間なら分かることだが「村田先生」と呼ばれると(まんざらでもない表情で)応じてくる。
村田の感覚としては、自分が「先生」と呼ばれるのは、当然のことであり、周囲も、そう呼んで欲しいと考えている。
もちろん「村田を"先生"と呼ばない人間」よりも「村田"先生"と呼ぶ人間」に彼は愛想が良い。

このような傲慢さは、演説直後のマイクの受け渡し光景にも、ハッキリと現れている。

5.2外国人参政権反対デモ行進! その1(村田春樹氏)
http://www.youtube.com/watch?v=KcUhd8WIWas
(最後あたり)

マイクを受け取る女性は、演説はしないが雑務をこなしている。このような雑務を負担する人間が存在しないと政治運動は維持できない。その一方で、ふんぞり返って、マイクを(相手の顔を見すらしないで)背中で渡しているのが村田春樹である。まぁ現職の大臣でも、ここまで傲慢な態度は取らないだろう。
小さな会社の会社員が絶叫口調で語る。そして「そうだ!」と言ってもらえる。この非日常は彼にとっては快感なのだろう。しかし、彼の休日の演説を彼の職場の同僚は、誰一人として聞きにきてくれないのである。

しかし、こういった場は、村田にとっては快感のようで、(村田が言うには)妻子が止めるのも聞かず、毎度の休日には、こういう演説をするために、欠かさず政治集会に出ている。(政治運動の雑務をするためではなく、自分に快感を与える演説をするためである)
そういう生活を繰り返していると、村田春樹のプライドや自尊心も過度に肥大化する。家族が注意しても聞かないわけだから、誰が注意しても聞かないだろう。むしろ、彼に当該事実を指摘すると、村田春樹は、その指摘をしてくれたひとを敵視するだろう。そういう領域に彼は踏み込んでいる。彼は被害者意識が非常に強い。
彼のこのような病気の治療法としては、休日は、(実子くらいの年齢の)年少者に壇上から演説するような生活をやめて、かつての同級生や同僚など、村田春樹と同年代(同学年)の人物と健全な人間関係を築けるようなリハビリを行うことが必要である
たしかに、初対面であっても、いちおう年少者からすると、58歳ていどの村田春樹には、それなりに(年長者として)尊重した態度で接するのがマナーになってくる(敬語など)。そういう環境に普段から村田が身を置いていると、自分自身を強烈に錯覚して、社会的な地位のある人物になったかのような幻想に嵌(はま)る。
このような状態の村田をかつての同僚や同窓生が相手にしてくれるか否かは疑問であるが、周囲が注意しにくい以上、自分から直す心構えが必要である。

人気ブログランキングへ
livedoor プロフィール
カテゴリ別アーカイブ
タグクラウド
livedoor × FLO:Q
QRコード
QRコード
  • livedoor Readerに登録
  • RSS
  • livedoor Blog(ブログ)