彼の勤務先は、東京の東部であるという。引越しをすることで通勤時間は「倍」になったという。
したがって、彼の勤務先から遠い、「川越」に引っ越す理由が見えてこない。(往復4時間かかっているという。引っ越す必要性はあったか?)
もしかしたら、近所の住民とも、村田春樹は、同じような横柄な態度で接していたのかもしれない。
そういうことで生じた彼への評判を彼自身は、どう認識していたか?もちろん彼自身、彼自身への批判には鈍感なほうであり、気付いていても無視するような厚かましさがある。
自分で選んだ新居までの通勤時間(村田が言うには往復4時間だそうだが)を繰り返しては、他の人たちに何か作業をするように言われては、それをサボったり断ったりする口実にしているとも聞く。
まぁ政治運動を地道になっている人たちのなかには「一戸建てを買う」だなんてことは考えず、自腹で政治活動を負担して、政治活動に打ち込んできた者が多い。そこらへん、村田君は考え違いをしているんじゃないか?
<村田春樹:「慇懃かつ尊大」>
加齢を根拠に威張るというのであれば、村田氏が彼より年長者のお年寄りに対して、偉そうに威張っている光景も、整合性がつかない。つまり、村田春樹には原理原則は無く、単にワガママなだけかもしれない。
ただ、定年後の再就職も考えている(という)村田氏は、地位のある(と彼が考える)人
には、非常に平身低頭である。村田氏のことを「慇懃かつ尊大」と言った人が居て、当初は意味が分からなかったが、実際に村田氏の人に対する接し方を見て、その人物評の適切さを痛感した。
(なんで、定年直前になって、急に村田君が運動に復帰してきたんですかね?は多くの人が指摘するところである。まぁその意図は明瞭であるにしても・・)
「本を書きたい」とか、「評論活動をしたい」とか言う村田氏は、2年後の定年後に、無職無収入になるのがイヤと彼は言う。「だってね、私は、資格も何も持っていないんですよ?いまからこうやって、定年後の仕事につなげたいんですよ」と当初は、言っていた。運動復帰の動機である。後に、村田氏のその姿勢は、とある人からの注意で、そういう発言はしないようになったという。(また、子供が大学生で生活が苦しいとか、一戸建てを買って生活が苦しいとか、周囲に繰り返し村田は言うが、それは村田氏自身が決めたことじゃないのか?)
事実、こうやってネット動画に「出たがり」の彼 自身が露出することによって、市販のムックに書く機会も得ている。それゆえ、そういう人脈は、定年前のいまのうちに作っておきたいということかもしれない。
彼にメリットをもたらすであろう人物に対して丁寧に応対することは問題でもない、また地方議員をつかまえて、「総理大臣にしたい」と慇懃なほめ言葉をだすのも第三者としては問題ではない(いわれる側は迷惑かもしれないが)。単に村田特有のゴマスリにすぎない。そこまでは、まだ許容できる。
村田氏の問題点としては、彼が「自分よりも下」だと感じた人物(若い人たちや、おとなしそうな参加者)に対しては、極端に高圧的な態度になっているところである。
立場上、閑職にあるので、自由時間をもてあます58歳の村田が、20台の気の弱い医学生に面倒な部分を押し付けて、責任が発生しそうになると、常に「私は会社員だ」といって逃れようとする。まぁ会社員というのは別に珍しい職業でもなんでもないだろう。
彼が気付いているのか否かは不明だが、会社でも30年間そういった感じだったのだろうか?
彼の元同僚や元部下は、どうして村田春樹の政治活動を応援してくれないのだろうか?その答えがここにある。
まずは人格の修養から着手しては、どうか?
<まとめ>
村田に足りないのは地道さである。いわゆる「行動する保守」として活動しているほかの人と、村田を比較してみると、違いに愕然とする。
たとえば、西村修平は、サラリーマンなどの正業に就きながら、政治運動を継続してきた。(西村修平氏は村田と違って、勤務先を強調することは無いが、その西村修平氏の対応が普通であり正常である)
瀬戸氏も、市役所を辞めて、運動の世界に飛び込んできた。上記の村田氏のような打算は無い。
西村氏も瀬戸氏も、両名共に録画カメラが無い時代から、インターネットが無い時代から、地道に街頭で主張を訴えたりビラを配布したりしてきた。
しかし、学生時代に「盾の会」に所属していた「経歴」を若い人相手に、しきりにひけらかす村田氏は、同時に彼が途中で運動を辞めたことには言及しない。都合の悪い事実を隠す彼の性格は、彼が思う「要領が良い」ではなく「ずるがしこい」と判断されても仕方が無い。
冒頭にあるように、かつての運動仲間からの誘いを無視し続けた彼は、学生運動後も運動を続けていた人たちを(彼らが居ない場所で)馬鹿にする発言をする傾 向にある。
それは、おそらく、卒業後に民間企業就職しないで、運動を続けた人たちよりも、社会人として政治運動からはなれていた自分自身のほうが「社会的地位が上」 なのだという認識が、村田氏自身の「価値観」のなかで強いのだろう。(だから、必要の無い場面で「会社の名刺」を出すのだろう。彼が言うには「上場企業です」とのことだが、そもそも上場企業自体珍しくないと思う)じゃあ、村田氏が、西村修平氏のように会社づとめしながら政治活動をしたかというと、そう でもない。そういう地道な作業は村田氏の嫌うところである。定年後(の収入)につながるから運動を近年になって再開したというのとは、動機の面でまったく違う。
そして、そういった地道な政治活動をしてきた人たちを軽視する傾向に村田氏は、ある。街頭で宣伝してきた人たちを「チンピラ右翼」と村田は呼称する。
で、ネットでビデオカメラによる動画が配信される時代になってから、村田氏が、「(彼が言う)過去の政治活動歴」を引っさげて、政治活動の世界に戻って きた。もし、ネットでの動画配信が普及していなかったら、村田氏は、運動の世界に戻ってきただろうか?とも思う。
ネットでの動画配信が無かった時代に「目立たない演説」に参加することには興味を示さなかったように、現在も「目立たない作業」には決して興味は示さない。村田氏に、人間的な成長は無かったように思う。
批判には拒絶反応を示さず、人間的な成長をするための糧として、村田氏はとらえて欲しいものである。彼の行動が若い運動の芽をつぶしていないか常に彼は自省するべきだろう。
もし批判を自分の糧として受け入れる余裕が村田春樹氏にあればだが。
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