<リプレイ>
●誘く者たち 冷たい空気の中に潮が紛れ込んだ匂いがする。陽は傾き始め、夕闇が空を覆いつくさんばかりに手を広げる。微かな潮の匂いは、風に乗って、後衛組である能力者たちの待機する雑木林にも流れ込む。 「故郷から遠く離れた場所で、ゾンビになって人殺しをするなんて……」 黒い腕章に腕を通した白衣・観音(鳥の巣箱の建築士・b53558)が、呟く。生きている間の彼らからは、思いも及ばなかったのだろう、と。その声に同調するでもなく、呆れた溜息が返ってきた。 「まったく、あの吸血鬼たちはどこまで外道なのかしらね……?」 一般人を巻き込むなんて最低ですわ!と憤慨したのは、フィーナ・レッドスプライト(最古のまじゅちゅし見習い・b61192)だ。そんなフィーナを見て、紗白・すいひ(幻日の紡ぎ手・b27716)が、ざり、と雑木林の土を踏みしめた。敵艦隊を上陸させたせいで多くの被害が出たことは悔しかった。そして許せないことでもあった。 「これ以上は、犠牲は、出させない、です。……絶対に」 黒い腕章を腕に通して、静かに宣言したのは、木村・小夜(内気な眠り姫・b10537)だ。声音こそは静かなものだが、その表情は凛としたもので、揺るぎない。『イワン・ロゴフ級揚陸艦』と『シャンプレーン級戦車揚陸艦』に搭載されていたゴーストたちを、今この場所以外でも、同じ能力者たちが戦っている、頑張っていると思えば、ここのゴースト部隊を食い止めるのは自分たちの役割なのだ。 「(……私達で必ず全員倒す)」 強い意志が四人の表情に走った。銃弾の弾ける音がしたのは、その時だった。
一方、死人嗅ぎを使って、ゴースト達の行方を追っていた須賀・義衛郎(天を取る者・b44515)達は、民家の近くまで来ていた。ゴーストとの距離が近いらしいことまでは分かるのだが、詳しい方向までは分からずに往生していたのだ。そこへ一際大きな銃声が走った。苦鳴が掻き混ざる。 「あっちだ、走れ!」 瀬崎・直人(朝焼けの冬空・b03547)の掛け声で、前衛組の四人が走り出す。音が近かったことから、かなり近づいていることは確かだ。そんな直人達の前を横切ったのは、死者の行軍だった。上から下までを迷彩服に、その身を包み、手にはライフルを携えている。土の匂いにゴースト特有の腐敗した悪臭が漂う。何よりおぞましいのは、いっそ冷酷とも言えるその殺気だ。それに負けじと直人が眼光を光らせる。 「(これ以上好き勝手させてたまるかよ……!)」 声には出さずとも、苛立っている雰囲気が伝わる。そんな直人の腕を肘で突いて、 「あの連中、明らかに目つきおかしいよ。ヤバいって、逃げよう!」 警戒されないよう、一般人のように振舞ったのは義衛郎だった。黒の腕章を既に手に持っている、神威・焔(屋上のカレーメイド・b38798)にも目を配らせる。死者の銃口がゆっくりとこちらを向く。 「いやぁぁぁ、怖いよ〜!」 それを確認した、乃々木・栗花落(木花之開耶の戦神子・b56122)が、リビングデッド達に聞こえるように声を発したのを切欠に、四人は仲間達の待つ雑木林へと走り出した。弾が顔の脇を掠め、足元に火花が散った。
●異境の軍靴 陽はまだ明るい。視界は十分な明るさを保っていたが、雑木林の奥へ進めば進むほど、鬱蒼とした木々がそれを遮るように枝を伸ばしている。獣道を使ったわけでも、目印を残したわけでもない能力者達は、仲間との合流に手間取っていた。銃声と軍靴の音は、すぐ後ろから迫ってきている。ひとり、遅れをとっているのは焔だ。 「何やってんだ!」 走りながらも直人は叫ぶ。 「木の枝を手折っておるのじゃ。あやつらが踏めば、枝葉がしなり声を上げるじゃろうて」 焔は雑木林という自然を利用して、後衛組に合図を送っていたのだ。ゴースト達はそれに気づくこともなく、標的へと着実に歩を進める。枯葉の音に混じって、パキパキと耳障りな音が響いた。
「観音は中央へ!義衛郎は前方から射撃!かかれー!」 「了解でございます、閣下」 「ラジャー、サー」 フィーナと観音、後衛組の声がした。なんとか合流出来たことに栗花落は内心で安堵をしながら、二つの小隊に偽装するべく陣形に加わる。フィーナの号令に従う声と同時に、リビングデッド達の足元には不浄の気によって作られた泥の沼が出来上がり、続けざまに銃弾の雨が降り注ぐ。不意打ちを食らった軍人リビングデッドがその雨に飲まれたかと思えば、範囲から漏れた方からライフルを構える音と同時に、能力者たちへ弾が発砲された。直人のすぐ脇にある木が、葉を散らせ削がれるように皮が飛んだ。威嚇射撃でも何でもない、リビングデッドたちの本気が窺える。彼らは戦闘に忠実な動く屍なのだ。 「……全部、ブッ倒してやる」 体勢を立て直した直人が、自身の得物である『慟哭のフィリオ』を構える。 「前衛!軍人リビングデッドを攻撃せよ!」 すいひの号令と共に長剣から現れたエネルギーの弦を巧みに操り、滅び行く世界の救世主の如き超絶技巧の演奏を披露すると、目前の数体の動きが鈍くなる。すいひの得物である『銀操刃・火華』から放った炎の弾も、重なるように軍人リビングデッドの一体を包み込むと、隊列を崩すように軍人リビングデッドが元の屍に戻っていく。直人の横では焔が虎紋覚醒で自己強化を済ませたばかりだった。髪の毛は逆立ち、皮膚の至る所に虎の縞模様が浮かび上がるその姿は、獅子を彷彿させる。そんな焔と、指揮官役を務めるすいひとの間に位置調整を測りながら立ったのは小夜だ。肩越しに受けた傷を自らの得物『琥珀剣≪黎明≫』に白燐蟲を纏わせ、回復役であることを隠そうともせず癒して見せる。自分も攻撃をもらうように、軍人リビングデッドたちの距離を詰めるさまは、さながら挑発をしているようにも見える。その傍らに、観音のシャーマンズゴースト・シャドウが、主と列を成すように控えた。
『――、―』 指揮官のリビングデッドが全体に指令を飛ばしたらしく、能力者とは三角の形で対峙していた軍人リビングデッドが、隊列の崩れた部分から大きく左右に分かれた。その数は前後に三体ずつ。中央に指揮官が進み出で、それを守るようにサキュバスが布陣し、魔力を秘めた口付けを飛ばしてくる。 「てめぇらが従う原初どもは、もうココには居ねーんだ。何時までもあんな連中に操られてんじゃねぇッ」 「悪いけど、これ以上先に行かせないよっ!」 直人が、栗花落が、抗うように叫ぶ。屍達が構えたその銃口が、前衛の能力者に照準を合わせ、火を噴いた。 「(なるほど、頭から……突出した者から排除するのが、やり方か)」 敵指揮官を騙せれば儲けもの程度と思っていたすいひにとっては、容易に想像できる事態ではあった。その為にやれることはやらなければならないとも思っていたが、仲間が傷ついていく所を目の当たりにすれば、偽装が成功出来たとも言い難い。ゆらりと指揮官の屍が、動く。 「危ない…!」 咄嗟に観音が前衛に危急を呼びかける。重い銃撃音と共に膝をつきかけたのは義衛郎だった。まだ、耐えている。すかさず小夜が白燐蟲を、義衛郎に向けて宿せば、幾分か痛みは和らいだ。 「大丈夫、ですよ。何度でも、支えて、見せます」 頼もしい仲間の言葉に頷いて、再び向かい挑むように屍達に視線を戻す。 「前衛!敵指揮官を攻撃せよ!」 「了解だよ、隊長っ!」 栗花落の足元から黒い腕を模る影が、ずるりと伸びれば、指揮官の屍を捕らえる。その影が引き裂こうとしたタイミングを見計らって、焔が十字架の紋様を放てば、次々と弾丸を叩き込まれた屍は、どうっと地に伏した。その間にも、残る歩兵とサキュバスの頭上を、無数の吸血コウモリが覆いつくす。あと数歩、という距離に居た、もう一方のサキュバスが、巻き込まれたサキュバスの腕を引く。 「待ちやがれ!」 いいざま、直人が放つショッキングビートを掻い潜り、吸血コウモリを手で握り潰して逃走する。その背に、すいひが炎の弾を撃ち放てば、吸血コウモリに噛まれたサキュバスが炎に包まれ消滅した。動く屍はそれでも尚、殺気を漲らせたまま、能力者達に銃口を差し向け狙撃する。 「マンゴーさん、お願いしますっ」 観音の呼びかけに応えて、シャーマンズゴーストが、ごうっと屍に炎を吹きかけた。それに合わせて義衛郎が、雨あられのような銃弾を降らせ、銃声と混ざり合ったのも束の間、幾重にも身を穿つ弾に、折り重なるように歩兵の屍が打ち倒された。焔が連撃の反動で負った傷も、小夜が神聖な舞を踊り、惜しみない清らかな祈りで癒していく。焔が短く礼を言えば、 「癒し続けることが、私の戦い、ですから」 と、気丈な返事が返ってきた。栗花落が残る歩兵に接近戦を持ち込むが、屍達の動きは目に見えて鈍い。闇のオーラを纏う得物で切り裂けば、直人も足止めだけでは済まない。一気に間合いを詰め、間髪入れずに動く死者達を討ち伏した。屍が十と六、積み上がった。
●亡き御魂達へ 「こうも敵が多いと苦労させられるのぅ」 焔が構えていたライフルを降ろしながら、呟いた。全員が軽く傷を追っていたが、二手に分かれたのが功を奏したのか、幸いにして深手ではない。 「……助けられなんだ者たちに、せめて祈ろうか」 あるべき姿に戻った軍人達と武装を、手分けして埋葬する。人目につかぬように速やかに、けれど死者を労わるように丁寧に、それは行われた。各々、黙祷を捧げると、雑木林を後にする。懐中電灯で照らせば、焔が手折った辺りが丁度良い目印になり、迷うことなく夕暮れの雑木林を抜けられた。 観音が一度、雑木林を振り返る。 「間に合わなくてごめんなさい……ご家族のもとに帰してあげられなくて……ごめんなさい」 犠牲になった者達へ、そしてリビングデッドになった兵士に向かって、両の手を合わせる。観音に出来る、精一杯だった。これ以上のことは、自分には出来ないのだ、と。 栗花落もまた、似たような心持ちで、同じように手を合わせる。 「(守りきれずに、ごめんね……)」 ゴーストを上陸させなければ、散ることの無かった尊い犠牲者の御魂達へ、謝罪をしながら静かに祈る。
「まだ、戦いは、続いている、でしょうか」 不意に小夜が呟いた。サキュバスに一体、逃げられてしまったことが気にかかる。ただ、潮の匂いを胸いっぱいに吸い込むと、リビングデッドの行軍を一部とは言え、止められたことだけでも、この西海市を守れたということに繋がるのではないだろうか。悔しくて辛くても。守れたという誇りを胸に抱くことは、間違えたことではないような気がするのだ。 「……かえろう」 仲間達の促す声が聞こえる。遠くから、どこか物悲しげな汽笛の音が耳を過ぎった。
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参加者:8人
作成日:2010/01/09
得票数:カッコいい6
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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