常軌を逸した相手の本音を見抜く技術
一見つじつまが合わない選択の裏に隠された動機があるかもしれない
どう考えても自己に不利益な選択をする理解不能な相手を前にしたとき、その相手を「不合理な人間」と決め付けるのは簡単だ。
文=ディーパク・マルホトラ 翻訳・ディプロマット
どう考えても自己に不利益な選択をする理解不能な相手を前にしたとき、その相手を「不合理な人間」と決め付けるのは簡単だ。しかし、真に優秀な交渉者はそうすべきでないことを知っている。
先日、私の教えている企業幹部対象の交渉講座で価値の創造と効果的な交渉のための戦略について議論していたとき、1人の受講生が手を挙げてこう言った。「こうした戦略は理屈に従う人間を相手にしているときはいいが、私が相手にするのは、すこぶる不合理な人たちだ。不合理な相手とはいったいどうすれば交渉できるのか」。
これまでに多くのベテラン・ネゴシエーターが、私に同様の疑問をぶつけてきた。論理的に考えず、自己の利益と相容れない行動をとる人間との交渉では、ネゴシエーターは概して苦労する。
しかし、相手を不合理と決めつけることがはたして理屈に合っているのだろうか。不合理な行動の背後に、思いも寄らない動機があるかもしれない。
相手を不合理な人間と誤解することは、手痛い戦略ミスにつながることがある。本稿では、人々が相手を不合理と誤解する理由のうち最も一般的な3つを取り上げて、失敗を避ける方法を紹介する。
(1)相手に情報が不足している
自分が興した会社でCEOを務めている受講生が、元社員、デイブとの紛争に巻き込まれた。デイブは、会社を辞める数カ月前に行った仕事に対する売り上げ歩合として、会社は13万ドル支払う義務があると主張していた。CEOは、この主張にはまったく根拠がないと思っていた。
CEOによれば、混乱の原因はこうである。デイブが解雇された時期、会社の会計システムは混乱をきわめ、ずさんな記録しかつけていなかった。その後会社は新しい会計士を雇って会計記録を整理した。整理後の記録は、デイブが実際には2万5000ドル余分に支払いを受けていたことを示していた。請求する権利があるのは会社のほうだった。
紛争を友好的に解決して費用のかかる裁判を避けたいと思ったCEOは、デイブに電話して会計記録の内容を説明し、そのコピーを送ると申し出た。会社は裁判に関心はないが、もしも裁判になったら間違いなく会社が勝って払い過ぎの2万5000ドルを回収できるだろうということも伝えた。そして最後に、デイブが訴訟を取りやめることに同意すれば、会社は超過払いを帳消しにすると申し出た。
デイブの反応は「裁判所で会いましょう」だった。
CEOはすっかり困惑した。勝つ見込みはまったくないのに、彼はなぜそのような行動をとろうとしたのだろう。問題は不合理さではなく信頼できる情報の欠如だった。CEOにはデイブに勝ち目がないことがわかっていたが、デイブは会社の会計記録を信用していなかったので、自分に理があるとまだ確信していたのだ。
私はこのCEOに、会計事務所から第3者の監査人を派遣してもらい、その監査結果をデイブに送るようアドバイスした。この情報を手にすることで、勝訴の可能性についてのデイブの読みが変わり、彼は交渉のテーブルにつくはずだと読んでいる。
交渉では、相手の不合理さと見えるものが実際には情報不足に由来していることがある。相手にとって明らかに有利な(少なくとも交渉が決裂した場合の相手の代替案よりは)オファーを相手が蹴ったとしても、その相手を不合理と決めつけてはいけない。それよりも、なぜその取引を拒否すべきではないのかを相手が確実に理解するように持っていこう。
ディーパク・マルホトラ
武田薬品、富士通、資生堂……。経営者の知られざる素顔を描く。
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