実践ビジネススクール
2010年 1月 07日

なぜ医療の「業界内格差」は放置されるのか

特別連載:世の中がまるごとよくわかる!「深掘り」政経塾 【第6回】 小宮一慶

「病院が破綻した」というニュースは耳にタコができるほどですが、「診療所が破綻した」という話はほとんど聞きません。

こうやって下から積み上げていくやり方は決して間違ってはいないと思うのですが、病院にとって酷なのは、診療所とうまく連携しないとやっていけない仕組みになっていることです。病院は高度な治療に特化するので、救急患者以外は、初期的な医療には携わりません。でも患者が突然沸いてくるわけではなく、どこからか連れてこなければならない。診療所から紹介してもらうしかないのです。そうやって、全患者のうち、診療所からの紹介率をある程度保たないと保険の点数が上がらない、つまり収入が増えない仕組みになっているのです。そして、その点数も診療所に有利に決められてきました。

これこそ診療所のトップ、つまり開業医に有利な仕組みになっているのです。もちろん、へき地医療などを担う立派な開業医も多く、それらの方々には頭の下がる思いですが、全体的には開業医が有利な仕組みになっていることは事実です。

診療所との連携がうまく取れない病院の経営がどんどん苦しくなりますから、最終的には儲からない診療科を切り捨てなければならない。経営環境が厳しいので、病院勤務医の労働条件はますます厳しくなる一方です。最新鋭の高価な医療機器もなかなか揃えられない。そういった病院に救急患者が運び込まれても、「うちでは設備もないし、人もいないから診られません」と断らざるを得ないでしょう。「患者のたらし回し」という憤懣やるかたない事件が起きるのも病院だけ、診療所にとっては縁のない話なのです。

こうした状況をみて、厚生労働省も重い腰を上げて、診療所に有利な現行の保険点数制度を是正しようとしています。

裏を返せば、それだけ病院が破綻寸前の過酷な状況に置かれているということです。たとえば一般病院の医業収益率は2007には0.5%と過去最低を記録しました。また、全国の自治体病院の8割は赤字です。そんな環境で働く病院勤務医の待遇が上がるわけがない。それどころか、難しい医療を任せられ、勤務はますます過酷になっています。

勤務医の年収は開業医の6割弱しかありません。開業医は数千万円を手にする一方で、勤務医はサラリーマン並の給料なのです。しかも過労で自分が倒れてしまうほどの激務であり、訴訟リスクも抱えています。勤務医は、どうみても割に合わない仕事です。

このような医師間の格差を背景に、成長しつつあるのが、資金の融資から土地の斡旋、建物の建設、看護士の募集まで、お膳立てしてくれる医師の独立支援ビジネスです。給料は安いのに仕事は過酷という勤務医の生活を捨てて開業すると、儲かるうえに仕事も自分のペースででききるわけですから、高度な医療などをライフワークとしないなどを除けば、開業を躊躇する理由もないでしょう。そうなれば、ますます、病院の勤務医は減ります。とくに、勤務条件がきつい診療科ではその傾向が強くなります。そうなれば、病院、ひいては救急医療体制が、さらに悪循環となります。

医師向けの独立支援ビジネスは開業後の利益に応じて、成功報酬をもらう仕組みです。なかなかうまいところに目をつけたと思いますが、私は、この手の商売を、保険の点数が病院ではなく開業医に手厚くなっていることから派生した「あだ花ビジネス」だと思っています。

こういう、あだ花ビジネスも保険の点数が適正化されれば、じきになくなるでしょう。医療の根本を支えるのは病院です。その病院に栄養を与え、体力を蘇らせることが重要なのです。

※この連載では、プレジデント社の新刊『小宮一慶の「深掘り」政経塾』(12月14日発売)のエッセンスを全8回でお届けします(>>連載の目次はこちらから)。

連載内容:COP15の背後に渦巻くドロドロの駆け引き/倒産に至る道:JALとダイエーの共通点/最低賃金を上げると百貨店の客が激減する/消費税「一本化」で財政と景気問題は解決する/景気が回復で「大ダメージ」を受ける日本/なぜ医療の「業界内格差」は放置されるのか/タクシー業界に「市場原理」が効かない理由/今もって「移民法」さえない日本の行く末

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『小宮一慶の「深掘り」政経塾』 小宮一慶著(プレジデント社)
政権党が変わって以来、活発な政策論争が繰り広げられています。政治経済の話題を「疑う」「分ける」「つなげる」、という3つの「深掘りポイント」を埋め込みながらわかりやすく解説。時事問題の知識と仮説力が同時に身につく一冊です。

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プロフィール

小宮 一慶

1957年、大阪府生まれ。81年、京都大学法学部卒業後、東京銀行入行。86年、アメリカのダートマス大学経営大学院でMBA取得。帰国後、経営戦略情報システム、M&A業務に携わったのち、岡本アソシエイツ取締役に就任。国際コンサルティングを手がける。93年、カンボジアPKOに国際選挙監視員として参加。94年より、日本福祉サービス(現セントケア)にて、在宅介護問題に取り組む。96年、小宮コンサルタンツを設立。コンサルタント、非常勤取締役、監査役として企業経営の助言を行うほか、講演、著書を通じてビジネスマンに必要な基本スキルについて、わかりやすい言葉で指南している。明治大学大学院会計専門職研究科特任教授。近著に『ビジネスマンのための「発見力」養成講座』(ディスカヴァー21)、『ビジネスマンのための「読書力」養成講座』(ディスカヴァー21)、『「1秒!」で財務諸表を読む方法』(東洋経済新報社)、『お金を知る技術 殖やす技術』(朝日新書)などがある。

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