実践ビジネススクール
2010年 1月 07日

なぜ医療の「業界内格差」は放置されるのか

特別連載:世の中がまるごとよくわかる!「深掘り」政経塾 【第6回】 小宮一慶

「病院が破綻した」というニュースは耳にタコができるほどですが、「診療所が破綻した」という話はほとんど聞きません。

日本の国民皆保険制度がスタートしたのは1961年のことです。以来、日本人の平均寿命は世界でも有数の長さにまで伸び、日本の医療制度は素晴らしい、と世界から賞賛されてきました。ところがいまはどうでしょう。病院破綻に医師不足、財源の枯渇、医療過誤訴訟と、世界の優等生だった日本の医療が崖っぷちに立たされているような報道が目につきます。

「日本の医療が破綻している」というのは、誤解をまねきがちな表現です。医療全体よりも「病院が破綻寸前」と考えるとこの問題の本質がみえてきます。医療法によれば、ベッドが20床以上ある医療施設を病院、19以下を診療所(あるいはクリニック)と呼びます。「病院が破綻した」というニュースは耳にタコができるほどですが、「診療所が破綻した」という話はほとんど聞きません。いまの医療制度のしわ寄せがすべて病院にいっているのです。

日本医師会という、医師の業界団体があります。会員数は2008年12月1日現在で、16万5360人です。この医師会を構成会員には、A1会員、A2会員(B)、A2会員(C)、B会員、C会員というランク付けがされています。大まかにいえば、A1は、病院や診療所のトップ(もっと平たく言うと病院長や開業医)、A2(B)が勤務医、A2(C)が研修医、それでB会員は医師会がやっている医師賠償責任保険に加入していない勤務医、C会員は同じく保険未加入の研修医です。

会長や執行部の選任など、医師会の諸々の決定は会員の投票によって行われているのですが、不思議なことに、投票権を持っているのはA1会員のみなのです。

A1会員の数は8万4788人で、全体の51.3パーセントを占めます。その内訳を見ていくと、病院開設者(病院長)が4874人、率にしてA1会員のたった5.7パーセントしか占めていないのに対して、診療所開設者(開業医)は7万3715人、同じくA1会員の、こちらは86.9パーセントも占めているのです(残りは病院、診療所の管理者、およびそれに準ずる会員で、A1会員に占める率はあわせて7.3パーセント)。

これが何を意味するか、お分かりでしょうか。投票権があるA1会員は病院や診療所のトップですから、結局、「医療機関単位で票が与えられている」ことになります。そうなると、病院が4874に対して、診療所は7万3715、その差、約15倍もあるのです。自分1人でやっている開業医も、500人の医師を抱える大病院の院長も、与えられているのは同じ1票。実に巨大な“権力”が開業医に与えられていることになるのです。つまり日本医師会という組織は開業医の業界団体という色彩が濃い。この医師会が政治献金や行政への陳情、圧力といった手段で、日本の医療に大変大きな影響力を及ぼしているのです。

先の衆院選の敗北で、状況は変わってきていますが、長い間、医師会は多額の政治献金を自民党に送ってきました。今回の選挙では民主党を支持した医師会も多数あります)。医者を味方につけたい厚生労働省も、医師会の意見を実によく聞いてきました。その結果、どうなったかというと、日本の医療制度が診療所中心で、診療所に有利な形に出来上がってしまったのです。

具体的には「病診連携」という仕組みのことです。日常的な怪我や病気に関しては診療所、すなわち、かかりつけ医が面倒を診て、症状が安定していない急性期のものや、高度な技術を要する病気に関してのみ、病院が診療にあたる、というものです。その場合の病院も一律ではありません。たとえば救急病院は設備や医療体制の違いにより、第1次から第3次まで分かれています。

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プロフィール

小宮 一慶

1957年、大阪府生まれ。81年、京都大学法学部卒業後、東京銀行入行。86年、アメリカのダートマス大学経営大学院でMBA取得。帰国後、経営戦略情報システム、M&A業務に携わったのち、岡本アソシエイツ取締役に就任。国際コンサルティングを手がける。93年、カンボジアPKOに国際選挙監視員として参加。94年より、日本福祉サービス(現セントケア)にて、在宅介護問題に取り組む。96年、小宮コンサルタンツを設立。コンサルタント、非常勤取締役、監査役として企業経営の助言を行うほか、講演、著書を通じてビジネスマンに必要な基本スキルについて、わかりやすい言葉で指南している。明治大学大学院会計専門職研究科特任教授。近著に『ビジネスマンのための「発見力」養成講座』(ディスカヴァー21)、『ビジネスマンのための「読書力」養成講座』(ディスカヴァー21)、『「1秒!」で財務諸表を読む方法』(東洋経済新報社)、『お金を知る技術 殖やす技術』(朝日新書)などがある。

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