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辞任した藤井裕久財務相の後任に、菅直人副総理が就任した。
旧民主党結党以来の鳩山由紀夫首相の盟友で、副総理として閣内ナンバー2の地位にある。鳩山政権の最初の大仕事となった来年度予算編成にも、国家戦略担当相として深くかかわった。そうした重みと実績、民主党内きっての論客であることからも、財務相として適任だ。
課題は山積している。デフレ脱却に向け、第2次補正予算や来年度予算を早期に成立させねばならない。18日からの国会審議ではその先頭に立つ。デフレや円高対策で日本銀行とのいっそうの連携も求められる。公的資金の投入が想定される日本航空問題も大詰めを迎えている。
導入が先送りされた環境税の制度づくりも急がねばならない。菅氏自身がきのうの記者会見で意欲を見せた「予算執行過程の情報公開」や一般会計と特別会計の全面的見直しをはじめとする改革も大いに進めてほしい。
藤井前財務相の就任直後の発言が円高ドル安につながったことを意識したのか、菅氏は会見で「もう少し円安に進めばいい」と口先介入めいた表現を用いた。2月上旬に控える主要7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)での手腕も試される。
いずれも重要だが、最大のテーマはなんと言っても将来も持続可能な財政をつくることではないだろうか。
経済危機の影響で税収は激減し、来年度予算案は税収で歳出の半分もまかなえない。借金である国債と、特別会計の積立金などのいわゆる「埋蔵金」頼みだ。
しかし、埋蔵金にはあまり多くを当てにできなくなってきた。借金膨張への債券市場の目も次第に厳しくなっている。再来年度以降の予算編成はさらに苦しくなるばかりだろう。
危機とデフレの脱却をにらみつつ、消費税を中心とする増税に取り組むことが不可欠だ。ところが、菅氏はそれに理解を示しつつも、会見で「徹底的に無駄なものが省かれて、これ以上は逆立ちしても無駄は出ないというとこまできた段階で(増税)議論が煮詰まっていく」と述べた。
無駄の削減や埋蔵金の発掘にまず力を注ぐのは当然だ。しかし、政府税調が将来の消費増税を議論すらしなかったことをみても、鳩山政権は参院選対策を優先するあまり、増税の必要という真実を国民に語ることから逃げているとしか見えない。
こういう姿勢では借金の山は膨らむばかりだし、「コンクリートから人へ」という民主党の重要政策の財源すら確保できるかどうか。
財政再建への取り組みは待ったなしだ。その大仕事に強い指導力で取り組む姿こそ、菅財務相にふさわしい。
世界2位の経済大国になろうかという勢いに比べて、あまりにひどい人権状況である。著名な作家で民主活動家の劉暁波氏に対して、中国の裁判所が出した判決のことだ。
劉氏は2008年末にネット上で中国共産党の独裁を批判した「08憲章」の起草者だ。
憲章のなかで一党独裁の廃止や民主憲政を呼びかけたことや、ネット上での党や指導者に対する批判が「国家政権転覆扇動罪」に問われ、憲章の発表直前に拘束された。
昨年末に出た判決は懲役11年である。暴力を振るったわけではなく、人に危害を与えたわけでもない。そんな言論活動への対応としては暴挙と言わざるを得ない。
中国ではこのところ「扇動」というあやふやな容疑で捕らえられる民主活動家が目立つ。08年の北京五輪前には、著名な人権活動家でノーベル平和賞の有力候補になった胡佳氏が、言論活動を問われ実刑判決を受けた。
しかし、政治的信条を平和的に表現することを罰するのは、中国も署名した「市民的・政治的権利に関する国際規約」(国際人権B規約)の精神に明らかに反している。
劉氏への判決に対して欧米からは非難や懸念の声明が相次いだ。日本政府が表だった動きを見せていないのは残念だ。その中で、日本ペンクラブが判決見直しと無条件の即時釈放を求める声明を出したのは、中国の民主活動家への励ましになろう。
しかし、中国外務省は外国の抗議声明に対して「中国の司法に対する粗暴な内政干渉であり、強い不満を表明する」と、かたくなだ。
経済力だけでなく環境や安全保障といった地球規模の問題で、中国の役割は飛躍的に大きくなった。その状況下で、中国の人権改善を求める欧米諸国の声は以前より弱くなった。
それを背景に中国は、一昔前のように首脳外交のカードとして活動家を釈放するようなこともしなくなった。中国の影響を受けて、アジア諸国の人権改善も進んでいないとの指摘もある。
中国当局が強硬なのは、汚職や格差に対して国民の不満が渦巻いていることも背景にある。ネットなどに当局批判があふれれば、社会が混乱に陥ると恐れているのだろう。
しかし、中国が滑らかに経済発展を続けるには、社会の活力がエンジンとなる。それを動かすためには、言論や表現の自由は欠かせない。中国と長期的に安定した関係を結ぶために、国際社会ももっと声をあげたい。
日本の民主党指導者は胡錦濤(フー・チンタオ)国家主席らとの親しさを誇る。劉氏が最近控訴したのを機に、かねてから主張してきた人権の改善を強く求めるべきではないか。